285話 クロムウェル帝国14
城塞都市モーリスに待機している銀狼は兵士長のミジャーノとも良い関係を築けており、他の兵士達とも仲良く過ごしていた。
今日も街の兵士達に混じって早朝からの訓練に参加していた。
これは銀狼がモーリスにいる間の恒例行事となっており、基礎体力向上の為の基礎訓練を行ってから銀狼と兵士達の模擬戦を行うのだ。
もちろん模擬戦のため、手に持つ武器は木製の剣である。
ただし銀狼は通常の戦闘スタイルに合わせて両手に木剣を持っている。
王化継続時間を延ばすため、銀狼は王化して模擬戦に参加する。
最初は通常使っている武器と重さも長さも異なる木剣に慣れず、兵士達の良い的になっていた銀狼であったが、数日の訓練で木剣の間合いにも慣れ、兵士達を圧倒するほどになっていた。
そんな中でも銀狼と良い勝負が出来るのは兵士長のミジャーノと、モーリスに唯一在籍している特例兵士のカシムだった。
カシムは長剣に丸楯を持った剣闘士スタイルで、的確に丸楯で攻撃を防ぎ、すぐさま反撃に転ずる動作がとてもスムーズだ。
今も銀狼と模擬戦の最中であり、銀狼の放つ2連撃を丸楯で受けきると、受けた剣を弾くように丸楯を前に出しつつ、木剣で突きを放つ。
並の戦士ならこれで1本取られているところだろうが、相手は王化した銀狼である。
弾かれた双木剣を素早く戻し、突きを跳ね上げ、がら空きになった脇腹を片方の木剣で叩いた。
木剣とは言え、本気で叩けば骨を折ることも出来るため、インパクトの瞬間は力を抜く。
それでも当たればかなり痛い。
鎧を着込んでいるとは言ってもカシムの体には幾筋もの赤い斑点が出来ている事だろう。
「今のは綺麗に入ったな。どうする?終わりにするか?」
銀狼の問いかけに
「いや!まだまだ!おれが倒れるまで付き合って貰いますよ!」
と気合の入った返事を返すカシム。
本日すでに5本目の模擬戦である。
打たれた箇所も痛むだろうに一向にやめようとは言わない。
やがて銀狼の王化が解けた。
「王化が終わりましたね。ここからはおれの攻めのターンですよ!」
カシムは果敢に攻め込む。
カシムの突き出した木剣を銀狼が上へと弾く。弾かれる木剣はそのままに丸楯で銀狼を押し込むカシム。弾かれた木剣を円を描く軌道で銀狼へと斬りつける。
丸楯で押されてバランスを崩したところに木剣が迫ってきた銀狼であったが、冷静に片方の木剣で受け止めると残った方の木剣で鋭い突きを放つ。
辛うじて丸楯での防御が間に合ったカシム。受けられた木剣を押し込むように力を込める。押し負けまいと銀狼も力を入れる。
突然ふっと力を抜いたカシム。銀狼は受けていた圧力が急に無くなりたたらを踏む。
そこにカシムの鋭い突きが放たれる。
しかし、銀狼は片手に持った木剣で下に弾くと残った方の木剣でカシムの頭上を狙う。
咄嗟に丸楯を頭上に上げたカシム。
だが、それはフェイントだった。
大きく腕を上げた事でがら空きになった腹部に銀狼の木剣が叩き込まれる。
「ぐはっ!」
鎧を着込んでいるとは言っても痛いものは痛い。
思わず膝をつくカシム。
「ふぅ。さすがにオレも疲れた。休憩させてくれ。」
そう言って訓練場の端に歩き出す銀狼。
カシムも立ち上がり後に続く。
「いやー。最初は傭兵如きに負けるもんかと思ってましたが、銀狼さんは強いですねぇ。傭兵のAランクってのはみんなこれぐらい強いんですか?」
最初こそ敵愾心を向けてきたカシムだったが、何度も手合わせするうちにすっかり銀狼に懐いていた。
「いや。どうだろうな。同じAランクのクリムゾンベアにも辛勝する奴もいれば圧勝する奴もいる。同ランクでもピンキリだな。でもオレの仲間の王達はオレより強い奴もいるぞ。」
懐いてくるカシムを見て傭兵団シルバーファングの面々を思い出す銀狼は、どことなく普段よりも優しい。
「クリムゾンベアかぁ。さすがに今のおれじゃ1人で倒すのは厳しいな。やっぱAランクって凄いんですね。」
「まぁそうそういないランクだからな。Bランクから上がるにもそれなりのテストがあるしな。」
床に置いたタオルで汗を拭いながら銀狼が答える。
「戦闘力だけじゃないって言ってましたもんね。」
カシムもタオルで汗を拭く。こちらはフェイスタオルではなくバスタオルだ。
「あぁ。貴族相手もするからな。儀礼にもそれなりに精通している必要がある。」
「貴族相手ですか。強さには憧れますが俺にはお貴族様の相手は無理ですね。」
水筒に入れた水を飲みながらカシムが言う。
「特例兵士ともなれば貴族の相手もするだろうに?」
「いや。おれは戦闘一択なんで。貴族の相手は他の特例兵士に任せてます。貴族相手に会話するとか考えただけで胃が痛いですよ。」
「そうなのか?特例兵士っても色々なんだな。貴族の子息とかも特例兵士に選ばれているんだろ?」
「あぁ。実力もないのにコネだけで特例兵士に選ばれたような奴らですよ。」
吐き捨てるように言うカシム。
「まぁ帝国兵士にも色々あるんだな。兎に角、甲蟲人相手にする時はお前にも期待しているよ。」
「任せて下さいよ!敵将は銀狼さんに譲りますが蟻相手ならどんどんやってやりますよ!」
「ふふっ。あぁ頼んだぞ。」
「じゃあもう一回手合わせお願いします!」
「分かった分かった。さて、やるか。」
銀狼は帝国にいながらも兵士達と友好な関係を気付けていた。




