277話 旧王国首都ワンズ7
そうこうしているうちに日付は進み、甲蟲人の侵攻から20日が経過した。
やはりある程度までくると伸びが悪くなり、王化持続時間は2時間半程度のままだった。
しかし、そろそろ次の侵攻に備える必要がある。
と言うとこでまた各自持ち場に散って対応準備にはいる事にした。
ワンズの外れの森の中にある我が家に帰ってきた俺とヨルジュニア。
結局ヨルジュニアはエレメンタルキャットだって事は判ったが、普通は赤い炎を吐く程度で、黒炎や黒雷を扱えるような特殊個体だと言う。
やっぱりヨルの生まれ変わり説はあり得ない話じゃないんじゃないか?こいつが念話でも使えればいいんだけど、そう上手くはいかないようだ。
「にゃー。」
今日も飯時になって足元に擦り寄ってきた。
まだ赤ん坊だと思ってミルクしかあげてなかったけど、固形物も食べるかな?
試しに作ってみるか。
俺はジャイアントボアの肉を限りなく細かくみじん切りにして軽く火を入れた。肉だけじゃなんだからニンジンも少し入れてみた。
焼き上がった極上のそぼろ肉をヨルジュニアの前に置いてやる。
ヨルジュニアは鼻を近付けるとクンクン匂いを嗅いでいる。
が、またミルクに戻った。
やっぱり固形物はまだ早かったか。
と思っていると不意に顔を上げてそぼろ肉の皿に顔を突っ込んだ。
「にゃー。」
お!食べてる食べてる。そぼろ肉をむしゃむしゃ食べてるよ。
あっという間に食べ終えたヨルジュニアはまたミルクの皿に戻ってミルクを飲み始めた。
おかわりを要求してこない辺り、もう満足したんだろう。
俺も自分用に肉団子を作って焼く。ハンバーグってほど整形に時間をかけてないから肉は割れてしまったが、まぁ自分で食べるだけだからな。いいだろう。
さて、一応皆に合わせて守護エリアには戻ってきたものの、前回の侵略から1ヶ月後となるとあと10日近くある。
前回緑鳥からの手紙を渡す際にワンズの街の防衛能力についてはすでに聞いている。
自衛団と呼ばれるCランク相当の兵士達が1千人、それにワンズに在籍している傭兵も含めればそれなりの軍勢になるだろう。
Cランク相当って辺りが聖都の兵僧達に比べると劣ってはいるが数はいる。
皆が集まるまでの時間稼ぎくらいは出来るだろう。
となると残りの日数をどう過ごそうか。
そこで俺はワンズの領主、セルゲイ・ミラーを思い出した。
あの如何にも成金な感じの趣味の悪い奴だ。
ああ言う領主に限っていざという時に金を出し渋る事はよくある。傭兵達を動かすにも褒賞金すら出さない可能性もあるわけだ。
いくら傭兵ギルドと街の取り決めがあるとは言え、無償で傭兵を動かすのは気が引ける。
となればだ。先に領主様から金を徴収しておいて有事の際にはその金を使わせて貰おうって発想になるよな。
って事で俺は領主邸に忍び込む事を決意した。
運良く今晩は満月。
10m先までしか移動出来ないにしても、影移動を修得した今なら尚更月夜の晩の方が仕事がやりやすい。
今回注意しなきゃならないのはもしもの時の戦力になる領主の手駒である私兵に万が一遭遇してしまった場合、殺さずに無力化しないといけない事。
それに盗賊の正体が俺だとバレない事。これは言わずもがなだが、聖王の使者としてやってきた男が盗賊だったとなると緑鳥の立場がないからな。
俺はもう慣れた手つきで街を囲む外壁をよじ登り、街の中に入ると、手頃な家の屋根に飛び移った。
領主邸は街の中心部にある。
もしもの事を考えると逃走経路はツリーハウスがある方角ではなく、南東辺りにしておくべきだろうか。
って事で俺は外周部を回り込み、街の南東辺りに移動する。
ここから領主邸まで実際に移動しながら逃走時の経路を確認するのだ。
草木も眠る丑三つ時。街には酔客もおらず静かなものだった。
そんな街を家の屋根から屋根へと飛び移る俺の影だけが移動する。
今回ももちろん猫耳付きフードを目深に被り、万が一目撃された際には獣人だと勘違いして貰えるように気を付けている。
まぁ実際に逃走時に邪魔をされたのなんて白狐と遭遇した時くらいで、あとは逃げ去る影を見られたかも、程度である。
今回もそこまで心配はしていない。
蛇行しながらも屋根から屋根へと飛び移り、地上に降りる事無く領主邸まで辿り着く事が出来た。
流石に深夜の為か門は固く閉じられ、門番の姿もない。
家の外を巡回する兵士も見当たらないので、勝負は屋敷内に入ってからだな。
俺は逃走経路に1番近い3階の窓をチョチョイと開けて屋敷内に侵入した。
先日訪問した際の応接室は2階だった為、3階部分には初めて足を踏み入れる事になる。
侵入した部屋は荷物置き場だったようで、雑多な物があちらこちらに積まれている。
衣装箱らしき縦長の箱に脚立、暖房器具やらが押し込められた部屋だ。ここにお宝はないだろう。
俺は慎重に部屋の扉を開けて廊下に出る。
と、隣の部屋の扉を見やると鍵が2つ付いた頑丈そうな扉があった。
これは早速お宝部屋を発見かな。
たとえ鍵が2つあろうと俺の手に掛かればチョチョイと開いてしまう。
俺に開けられない鍵はないのではないだろうか。自信が漲るね。
そのまま俺は鍵付きの部屋に侵入した。
やっぱり堅牢な扉の先にはお宝が眠っているものだ。
入った部屋には宝箱が置かれ、ショーケースには様々な宝石が並ぶ。
壁にも高価そうな絵画が飾られ、成金趣味全開の壺やら花瓶やらも並んでいる。
でも俺が狙うのはいつでも現金のみである。
宝石類なんて持ち運ぶ分にはいいけど換金するのが大変だからな。まぁ影収納がある俺なら宝石どころか花瓶や壺なんかも持っていこうと思えば持って行けるのだが、やっぱり足がつきやすい物はやめておく。
宝箱にも鍵が掛かっていたが今の俺に開けられない鍵はない。
サクッと開けて中を物色する。
銀貨に大銀貨、金貨に大金貨まで入っている。残念ながら白金貨はなさそうだが、それでも数億リラ分にはなるだろう。
俺は宝箱ごと影収納に突っ込んで屋敷を後にする事にした。
俺がお宝部屋から出た瞬間、巡回の兵士が数m先に立っていた。
やべっ。
思った時には遅かった。
「賊だぁー!賊が出たぞぉー!!」
巡回の兵士が大声で叫んでいた。




