267話 ドワーフ王国11
ドワーフ王国に1泊した銀狼は翌日、『鋼の四肢』を訪ねた。
もう顔なじみになった店主に話しかける。
「こんちは。茶牛は?」
「おぅ。兄ちゃんかぁ。茶牛なら工房で作業したまま眠っちまいやがったなぁ。」
「見に行ってもいいか?」
「あぁ。そろそろ起こしてやってくれぇ。」
店主に許可を貰った銀狼は奥の工房に足を運ぶ。
そこには金床で突っ伏して寝る茶牛の姿があった。
「おい。茶牛、おい。起きろ。」
「おん?あぁ銀狼でねぇかぁ。もう朝かぁ?」
「あぁ。もう昼に近いぞ。」
「そうかぁ。義手を補修が終わってそのまま寝ちまっただよぉ。」
言うと体を伸ばしてあくびをする茶牛。
「で、義手の方は出来たか?」
「あぁバッチリだぁ。」
金床に置かれた義手を手に取り銀狼に差し出す茶牛。
「手首んとこの魔石を交換したでなぁ。ちょっと付けてみて感覚を確かめてくれろぉ。」
言われた銀狼は右肩に義手をはめる。
腕を曲げ、手首を回し、手を開いては閉じてを繰り返す。
「うん。動きは悪く無さそうだな。だが、やっぱり実戦してみない事にはわからんな。茶牛、ちょっと付き合ってくれ。手頃な依頼でも受けよう。」
「依頼って傭兵のかぁ?儂は傭兵登録はしとらんぞぉ。」
髭を引っ張りながら茶牛が言うが銀狼はお構いなしだ。
「傭兵登録なんざしてなくたって戦えればそれでいい。行くぞ。」
そのまま工房を出ていく銀狼。
「おぉーいぃ。ちょっと待てぇ。」
その後をドタバタとついていく茶牛だった。
ドワーフ王国にも傭兵ギルドは存在する。
その多くは鉱山に出たギガントワームの討伐依頼なのだが、たまにはそれ以外の依頼も発生する。
鉱山は時に迷宮と呼ばれる洞窟に繋がる事がある。
迷宮には様々な魔物が跋扈し、地上に出てこようとするのだが、神々の力で封印された迷宮からは普通、魔物は出てこれない。
しかし、迷宮に開けた横穴には神々の封印も効かず、魔物が溢れてくる事がある。
通常、鉱山で迷宮に穴を繋いでしまった場合はすぐさま穴を埋める事が義務とされているのだが、それを放置する悪徳掘削業者もいる。
その場合、横穴に気付いた魔物が地上に溢れ出すのだ。
今回の依頼もその悪徳掘削業者が埋めなかった迷宮の横穴からミノタウロスが出現したと言うものだった。
ミノタウロスは採掘中のドワーフ数名を殺して森に逃げ込んだらしい。
これは義手を試すのにちょうどいい相手だ。
ミノタウロスのランクはA、義手を試すにも新しい双剣を試すにも絶好の敵だった。
今銀狼と茶牛は森の中を歩いていた。
ミノタウロスは体長3mにもなる巨体の持ち主であり、その行き着く先々では木々が倒され、下草は踏みしめられ、動物達が斬殺されていた。
その為、その後を追うのは容易で、半日もかからずその背後に追いついた。
「おい!牛ヤロー!オレ達が相手してやるよ。かかってこい!」
銀狼は新しく買った双剣を腰から引き抜き、身構える。
茶牛も鎚を握り締めミノタウロスと対峙する。
声を掛けられたミノタウロスはゆっくりと振り返ると大声で鳴いた。
「ブモオォォォォオ!」
その手には巨大なバトルアックスが握られている。
あまりの迫力に茶牛は若干逃げ腰だった。
「茶牛よ。これからますます甲蟲人は激しく攻めてくるだろうぜ。こんな奴相手にビビってたらやってけねぇぜ。」
「そんな事言われてもなぁ。儂は元々戦闘要員じゃねーべさぁ。義手の技工士だぞぉ。戦いには慣れんわなぁ。」
「まぁ、今回は義手と双剣の試し斬りってところだ。危なくなったら助けてくれりゃいいさ。」
そう言うなりミノタウロスに向けて駆け出す銀狼。
「はあぁぁぁぁ!」
右手に持つ双剣でミノタウロスを打つ。
ミノタウロスは手にしたバトルアックスでその斬撃を受ける。
だがすぐさま振るわれた左手の双剣で脇腹を斬られる。
それを気にした素振りも無くバトルアックスを振り上げるミノタウロス。
次の瞬間、強烈な斧擊が銀狼を襲う。
双剣を交差させてバトルアックスの振り下ろしを受けた銀狼。
「うおぉぉぉお!」
双剣を振り抜きバトルアックスを押し返すと、その場で跳躍して双剣を振るう。
顔面を斬られたミノタウロスは流石に効いたらしく後方に下がる。
しかし、まだ戦闘意欲は失われていない。
バトルアックスを振り回して銀狼へと迫る。
しばしの間、バトルアックスと双剣の打ち合いが続いた。しかし、それも長くは続かない。
バトルアックスの振り下ろしを左手の双剣で受け流すと、バトルアックスは地面に深々と突き刺さる。
それを抜く前に銀狼は眼前に迫り、右手の双剣を振るう。
左目を斬られたミノタウロスが呻き声を上げる。
「ブモオォォォォオ!」
地面に突き刺さったバトルアックスを強引に引き抜き、凄まじい力で銀狼に叩き付ける。
これを再び交差させた双剣で受けた銀狼であったが、その威力を殺しきれず数m吹き飛ばされる。
そうなるとミノタウロスと銀狼の間に茶牛が取り残された。
「ブモオォォォォオ!」
ミノタウロスがバトルアックスを振り下ろす。
「うわぁぁぁぁあ!」
手にした鎚でバトルアックスを弾く茶牛。
しかし弾いても弾いても、バトルアックスの猛攻が止まらない。
次第に押され始める茶牛。
ジリジリと後退していく。
「うおぉぉぉお!王化!地王!」
叫ぶなり右手小指にしたリングにはまった茶色の石から、茶色の煙が立ち上り茶牛の姿を覆い隠す。
次の瞬間、煙は茶牛の体に吸い込まれるように消えていき、残ったのはどことなく牛を思わせる茶色のフルフェイスの兜と、同じく茶色の全身鎧に身を包んだ地王の姿となる。
「うおぉぉぉお!」
後退していた足を止め、バトルアックスを弾き上げると強烈な打撃をミノタウロスの腹部に叩き込む。
「勝負はこれからだべぇ!」




