250話 旧王国首都ワンズ3
俺はワンズに1人戻ってきた。
想定ではあと10日余り、ワンズの宿屋にいた方が各地の噂話などは集まりやすいかもと思ったが、やはりここはゲートが1番近いツリーハウスで待機する事にした。
俺がやるべきは王化状態の持続時間を延ばす特訓である。
これは現状の最大王化時間の限界まで王化を続けることで自然と延びていくものらしい。
ただ王化をして待つのも勿体ないので、俺は王化してから狩りに出掛ける事にした。
「王化!夜王!!」
左耳のピアスにはまる王玉から真っ黒な煙を吐き出しその身に纏う。
その後煙が晴れると猫を思わせる兜に真っ黒な全身鎧、王鎧を身に着けた夜王形態となる。
俺は影収納から主力武器である黒刃・右月と黒刃・左月ではなく、投擲用のナイフを2本を取り出した。
「影収納は出来たんだ。影縫いだって出来なくはないはずなんだよな。」
思わず独り言が口から漏れる。
ヨルがいなくなって1年近く経過するがこの誰かに話しかける癖は中々抜けなかった。
まるで誰かが答えてくれる事を望んでいるような、そんな呟きだった。
影移動はヨルに聞いた時には座標がどうとか影に潜ったら真っ暗闇の中を進む必要があるとか、1度影に潜ったら出てこれなくなる恐れがあると言われていたので、諦めた。
一生影の中に閉じ込められたら堪ったもんじゃない。
だから俺が試すのは影縫いだ。
イメージとしては衣服を縫い止めるかのように影を縫い付ける事だ。
普段ならいざ知らず王化状態となり影との相性が上がった今なら発動出来そうな気がする。
って事で手頃なホーンラビットを探して歩き回る。
いた。ホーンラビットが茂みから出てきた。
ちょうど影もこちら側に伸びており、狙いやすい位置関係にある。
俺は手にしたナイフを投擲する前に呟く。
「影縫い。」
これにより影を縫い付けるイメージを更に増した。そのままホーンラビットの影に向けて投擲用のナイフを投げる。
サクッと影にはナイフが刺さったが、その音に気付かれてホーンラビットには逃げられた。
影を縫い付ける事に失敗したのだ。
まぁ思いつき1発目から成功するとは思っていない。
俺はその後もホーンラビットやジャイアントボアを見つけては影縫いと呟きつつ、影にナイフを投げ続けた。
やがて2時間が経過して勝手に王化が解ける。
限界時間まで王化をし続けたら、同じ時間のクールタイムが必要になる。
つまり2時間は王化出来ない。
だが俺は影縫いの特訓を続ける。
俺の体にはヨルから引き継いだ妖気が備わっている。
であるならば王化しなくても影縫いは出来るのだ。影収納だって王化しなくても出来たのだからその考えは間違っていないはずである。
たど成功例を未経験の中で王化せずに影縫いが成功するとも思ってはいない。
ただ、影を縫い付けるイメージを自分の中で確固たるものとして組み上げておきたい。
その後もホーンラビットやジャイアントボアを見つけては影にナイフを投げ続けた。
やがてまた王化出来る時間になった。
これは時計などを見なくても感覚で分かるようだ。
俺はまた王化してホーンラビットを探す。
そんな事を繰り返しているうちに辺りは暗くなり、影がどうとか言ってられないくらいになってしまった。
仕方なく俺は王化状態のままツリーハウスに戻る。
王化状態を継続するだけで1種の特訓になるのだから調理の最中でも王化は解かない。
ただ通常時よりも膂力も上がっている為、普通に包丁で具材を切ろうとしたらまな板まで切ってしまった。
力のいれ具合が難しい。
それでも何度かまな板を切っているうちに力加減が分かってきて、具材だけを切れるようになった。
やはり何事も反復練習である。
そう思いながら俺はカレーを作る。
また皆で集まった時に振る舞えるようにかなりの量を一気に作る。
今回はジャガイモ、ニンジン、タマネギ、マッシュルームの定番カレーにした。
ただ隠し味に蜂蜜を投入する事にした。
以前チョコレートを入れた事もあったが、ヨルの口に合わないと言われてからは甘みを出したい時には蜂蜜を入れるようにしていた。
肉はクリムゾンベアの肉を薄切りにして投入した。
筋肉質なクリムゾンベアの肉はブロックで食べるとなると結構な固さがあって顎が疲れる。
その為、食べやすくするように筋を切ってから薄切りにしたのだ。
かつ、臭みを消すために料理酒にも15分程度漬け込んだ。
肉の臭みを取るのに酒に付けておく調理法がある事を知ったのだ。
牛乳などに付けておくのも効果的らしいが、今回は料理酒にしておいた。
肉を焼くときにもショウガ、ニンニクを大量に導入して、漬け置きした料理酒とは別の料理酒を入れて焼いた。
アルコールが蒸発する際に臭いの元と一緒に蒸発するのだ。
これは普段からやっている手順なので間違いない。
焼いた肉は1度鍋から取り出していつも通り飴色になるまでタマネギを炒めてから再度投入、ジャガイモ、ニンジン、マッシュルームも入れて水で煮る。
灰汁はしっかりと取る。
ジャガイモに火が通ったら、特製のカレースパイスを導入して、煮立ったところで蜂蜜を入れる。
そんな調理工程をこなしているうちに王化が解けた。
味見をするのにちょうどいいタイミングだった。
スパイシーな中にも蜂蜜の甘味を感じられていい感じに出来上がった。
俺はその日食べる分だけをよそってあとは鍋のまま影収納に収めた。
今日の所は影縫いも王化持続時間も進展なしだ。
まぁ両方ともそう簡単にどうにかなるとは思ってはいない。
地道に行こう。
就寝時にも王化した。
鎧が邪魔でなかなか寝付けなかったが、王化が解けるよりは早く眠りに落ちた俺だった。




