212話 聖都セレスティア9
勇者バッシュ・クロムウェルは仲間と共に聖都セレスティアへとやって来ていた。
これは第二皇子のアルイ・クロムウェルをマジックヘブンに送り届けた後に第一皇子のナーシェ・クロムウェルを聖都に送り届けると言う父である帝王デュアロ・クロムウェルの依頼を受けての事であった。
時期的にちょうど主神祭のタイミングであった為、第一皇子のナーシェを送り届けてからも聖都にて逗留した。
仲間達は祭りにはしゃぎ、戦士ライオネルなんかは、催し物のボディビル大会に出場していた。
しかし、勇者であるバッシュは他の仕込みで忙しかった。
第二皇子の側近にも第一皇子の側近にも、自身の手の者を紛れさせた。
もし、魔術大国マジックヘブンが甲蟲人に攻められた時には第二皇子を、聖都セレスティアが攻め込まれた際には第一皇子をそれぞれの手の者が始末する手筈になっている。
あくまで甲蟲人との戦いの中で殺されて貰わないと困る。
だから側近達の中でも特に手元に置いておきたいと思わせる必要があった。
そこで、第二皇子には自身の配下の素晴らしさを説き、第一皇子にも重宝するようにと仕組んでいた。
これはバッシュにとってはチャンスであった。
他国に亡命した2人の皇子が甲蟲人との戦いで死んでくれれば自身が皇帝になる道が見えてくる。
今までは三男と言うことで軽く見られていたバッシュであったが、ある日女神の使徒となった事から情勢が好転した。
勇者としての働きを臣民にアピールし、三男であるバッシュにも跡取りとしての期待を持たせる事にはひとまず成功した。
バッシュにとっては魔族領への侵攻も自身の名声を上げる為のイベントに過ぎなかった。
そして今、甲蟲人の脅威を前に臣民は勇者である自分を頼ってくるはずである。
その時、不測の事態として2人の兄が命を落とせば跡取りは自分だけになる。
そんな企みを持ってここに挑んでいた。
自身の息の掛かった者にはくれぐれも甲蟲人の侵攻の折に皇子達を始末するように言付けている。
その際には周りの側近達も一緒に殺して構わないとも言ってある。
下手に残して皇子達が暗殺されたと知られては困るからだ。
それが可能な力を持った者を配備した。
決してバッシュを裏切る事のない、忠実な部下を紛れさせている。
これはチャンスなのだ。
ライオネルは準決勝で敗退した。
ライオネル自身はバッシュから見てもかなりの筋肉量を誇る戦士である。
しかし、見せる事を意識したボディビルの大会出場者には敵わなかったらしい。
実戦向けの筋肉ではなく、見せる為の筋肉だ。付き方が違うのだろう。
それでも勇者パーティーの戦士が準決勝まで進んだと言う噂は広まった。
これでまた自分の評価も上がるだろう。
バッシュとライオネルは幼馴染みである。
ライオネルも貴族の三男坊であり、跡取りとしては期待されておらず、たまたま知り合ったパーティーで意気投合した。
最初ライオネルは帝国軍に入るつもりで自身の鍛錬を行っていたのだが、ある時バッシュが女神の祝福を受けた事で勇者となり、自分を仲間に加えたいとの申し入れを受けて勇者パーティーの一員になった。
その後、またまた帝国に来ていた聖女サーファがバッシュに一目惚れして仲間に入り、帝国軍の中では地位の低い魔術師であるドリストルも仲間に引き入れて今の勇者パーティーが結成された。
勇者などと持て囃されているが、バッシュ自身は常に自分の事が第一優先だ。
弱きを助け強きを挫くなんて頭はない。
勇者になったのも、たまたま帝国に保管されていた聖剣を手に取り、保有者としての資格を得て、女神に祝福をされただけである。
勇敢な行いから選ばれた訳ではない。 バッシュにとっては勇者に選ばれた事すら自身の地位向上の為のステップでしかなかった。
いざ戦いとなっても正面はライオネルに任せ、自身は背後から敵を狙う。
自身の身の安全が第一優先なのだ。
その点、サーファに惚れられたのは偶然とは言え成功だった。
サーファは何よりもバッシュの身の安全を優先してくれる。
軽い切り傷だろうがバッシュが傷付けば癒してくれた。
例えライオネルが重症を負って、バッシュが軽症を負ったとしてもバッシュを優先する。サーファはそんな女だった。
「それで勇者様。第一皇子と第二皇子の護衛の任務は終わりました。次はどうしますか?」
祭りも終わり、落ち着いてきたライオネルがバッシュに問う。
「そうだな。死の砂漠で技量向上でもしようか。今度の敵は甲蟲人。虫がベースだ。死の砂漠ての魔物との戦いが生きてくるだろうさ。」
聖都から真っ直ぐ帝国に戻ろうとすれば死者の砂漠を横断する事になる。
だからこの提案はすぐに帝国に戻れる位置にいようという事でもあった。
「さすが勇者様。先見の明がありますわね。ますます惚れ直してしまいますわ。」
いつも通りサーファが褒めちぎる。
「砂漠かぁ。砂漠の敵は火炎魔術があんまり利かないから苦手なんだよね。」
ドリストルがぼやく。
「でも相手は虫なんだ。きっと火には弱い。君の魔術が肝になるだろうさ。」
バッシュはドリストルに言う。
「そうだね。あたしの魔術で灰にしてやるわさ。」
やる気になったドリストル。
そんな3人を連れて聖都を離れたバッシュ。
目的地は死者の砂漠。
バッシュの旅は暫く続く。




