196話 ケイル王国3
折角ケイル王国にまで足を伸ばしたのだ。このまま寝るのは勿体ない気がした。
これから甲蟲人対応に追われる日々が続くことを考えれば財布の中身にももう少し余裕が欲しい。
となればやる事は1つである。仕事だ。
「何もこんな旅で疲れてる時にまで盗みに行くことないじゃないですか。」
白狐にはそう言われたが今回狙うターゲットは前々から目を付けていた人物だ。
有事の際にはまず自分の財産を守ろうと動くような金の亡者である。
そんな奴からは先に金を頂いておいた方が世の中の為でもある。
今回のターゲットは旧王国領にも手広く商店を展開している魔道具屋のオーナーである。
噂ではワンズの闇ギルドと組んで邪魔になりそうな商人を殺して今の地位に付いたとされる男だ。
星すら眠る丑三つ時。
外套の猫耳フードを被った俺は1人、街の家々の屋根上を走っていた。
今回の懸念点としては向かう先の屋敷が王城にほど近いお金持ちエリアにある事だ。
流石に王城の警備兵まで出張ってきたら逃げるのは難しくなる。慎重に行こう。
目的の屋敷に着いた。
3階建ての木造住宅である。
ここも例に漏れず最上階にお宝部屋があればいいんだが。
俺は逃走経路を考えて1番近い窓から侵入する。
ヨルがいなくなってしまった為、外からお宝部屋を探すことは出来ない。中に入って地道に探すしかない。
俺が侵入したのは衣装部屋だったらしく、如何にも金持ちが好みそうな毛皮のコートだのゴテゴテした石が付いた服だのが吊されていた。
これだけは言える。家主は相当洋服のセンスがない。
そんな洋服達をかけ分けて部屋の外に出る。
「あっ。」
「あっ。」
なんて事だ。見回り中の警備の者にばったり出くわしてしまった。
俺は急いで手にしたナイフの柄で警備の者の後頭部を殴りつけて、大声を出される前に昏倒させた。
いやー焦った。いきなり出くわすとは思ってなかった。
警備してたのはチンピラ風に髪を逆立た皮鎧を着付けた男だった。腰には長剣を佩いている。こいつが闇ギルドの構成員だろうか?
俺はその男を持参した縄ですグルグル巻きにして猿ぐつわをはめて衣装部屋に放り込んだ。
暫くは起きないだろうが念の為だ。
その後は順番に部屋を覗いていく。
隣の部屋はまたしても衣装部屋でタンスが沢山置いてある。
一応中も確認したが洋服以外は入っていそうにない。この部屋はハズレだ。
その隣は書斎、またその隣はゲスト用の寝室らしく、ベッドはあるが人は寝ていなかった。
その次の部屋を開けた瞬間、中にいた男達と目が合った。
「あ。」
「「「あ?」」」
中にはさっきのチンピラ風によく似た格好の男達が3人待機していた。
普通警備兵の待機場所って言ったら1階だろうに。くそっ。しくった。
「なんだお前は?」
不用心にも近付いてきた男を一撃で昏倒させる。
すると残りの2人は剣を抜き戦闘態勢をとった。
「何だこいつは?」
「見張りに出たリックはどうした?」
さっきグルグル巻きにした奴はリックと言うらしい。そんなどうでもいい情報は右から左に受け流して俺は最短で近い男に迫る。
男が長剣を振り下ろす。
俺は手にしたナイフでこれを受け流しつつ、男の隣に移動し、ナイフの柄で首筋に打撃を加える。すると男は意識を手放してその場に崩れ落ちる。
残った1人が長剣を振りわましながら近付いてくる。
俺は迫る長剣をナイフで弾き飛ばし、男の鳩尾に強烈な膝蹴りをかます。
くの字になった男の後頭部をナイフの柄で殴りつけて昏倒させる。
大声を出されずに済んだのは良かった。
俺は3人の男達も縄でグルグル巻きにして猿ぐつわを噛ました。
4人も警備がいるって事は相当貯め込んでいるに違いない。おのずと期待値は上がる。
警備兵がいた部屋の隣がお宝部屋になっていた。
これ見よがしの宝箱の中には大量の銀貨、大銀貨が詰まっていた。
そして棚の上の大切そうな小箱の中には数十枚の金貨と数枚の大金貨、さらに1枚の白金貨まであった。
俺はそれらを根こそぎ影収納に収めた。
絵画や宝石などには目もくれず、俺は屋敷を後にする。
懸念していた王城を守る衛兵には気付かれる事無く、屋敷を後にした俺はまた屋根上を走り、手頃な人通りのない路地に降り立つ。
そのまま宿屋に戻ってお仕事完了である。
宿屋では白狐が寝ないで待っていた。
「お仕事は順調でしたか?」
「あぁ。警備兵には見つかったが全員昏倒させた。明日の朝までは目覚めないだろうし、発覚するのはまだまだ先になるだろうさ。」
「そうですか。それは良かった。」
「あぁ。うーん。一仕事したら眠くなってきたよ。そろそろ寝るわ。おやすみ。」
「はい。おやすみなさい。」
そう挨拶してそれぞれの部屋に入った。
翌日、朝から街が騒がしい。
なんでも昨日の夜、小さい獣人の盗賊が出て、街でも有名な資産家の家が襲われたらしい。
警備の者が4人とも伸されて縄で縛られていたらしく、死者はなし。現金だけを奪って行ったとの噂が飛び交っていた。
狙い通り猫耳突きのフードのお陰で犯人は獣人って事になっていた。
小さいってのが余計だが、まぁ確かに俺は背が大きい方ではないと言う自覚はある。だが、チビではない。チビってのは150cm程度の事を言うのだ。
俺はギリ160cmはあるからチビではない。ちょっと小柄なだけだ。
そんな事で憤っている俺に紫鬼が言ってくる。
「昨日は随分と暴れたようだな?怪我はないか?」
「あぁ。問題ない。」
紺馬と翠鷹には俺が盗賊である事は言っていないので俺達の会話を聞いてもキョトンとしていた。
そんなこんなで朝食を食べ終えた俺達は宿屋を後にして馬留へと移動する。
その間も街で噂されている盗賊の事を聞きつけて紺馬が言った。
「全く人の物を盗むとは悪い奴もいるもんだな。」
「そうですなぁ。」
翠鷹もそれに相づちを打つ。
2人には俺が盗賊である事は秘密にしておこうと思った。
街を行く衛兵に声をかけられる、なんて事もなく無事に馬留に到着した俺達は各々馬や馬車に乗り込んでケイルを後にするのであった。




