173話 ララ法国3
白狐は街で封筒と便箋、それにペンを購入して宿屋に戻った。
さて、宛の書状とはどうやって書いたら良いものか?
具体的に神徒の事、邪神復活の事に振れて軍師に取り次ぎ願いたいと素直に書くべきか。
だが、まだ緑鳥が各国に向けて邪神復活の事を伝える文書を発行する前だ。いきなり邪神云々と傭兵が言ったところで信じて貰えるか怪しい。
その為に聖王の名の下に邪神復活について各国に文書を送る事になっている。常日頃から神との交信を行っていた聖王からの通達であれば信用度が増すだろうと言う目論見だ。
となると素直に邪神云々言うのは違う気がする。
いっそ門番が言っていたように傭兵が取り立てて貰う為に領主に会いたいといった内容の方が良いだろうか?
しかし、そんな書状ともなると数が多そうで禄に見て貰えない可能性もありそうだ。
筆を片手になかなか、書き始められない白狐であった。
一方の紫鬼達は、酒場で戦勝モードに浮かれる民を相手に聞き込みを行っていた。
「ちょっと尋ねたいのだが、神の加護を持つ者に心当たりはないか?神徒、もしくは王と呼ばれていると思うのだが?」
「なぁに?神様?知らねぇなぁ。そんな事よりアンタも吞めよ。大勝利のお祝いだ。」
「おめぇは大勝利に便乗してただ酒が呑みたいだけだろうが。」
「あはは。間違いねぇや。」
知り合いなのだろう。隣の席の人に言われて笑っている。
「ふむ。酔っ払いでは話にならんか。どれ、店主にでも聞いてみるか。」
「ちょっとらここは酒精が強すぎる。ワタシは外で待っているぞ。」
「おう?分かった。」
店の外に出て行く紺馬を見送り、紫鬼は店主に話を聞く。
「店主よ。神徒か王を名乗る神の加護持ちに心当たりはないか?」
「神の加護ですか?いやー噂話にも聞いたことがないね。」
「そうか。分かった。ありがとう。」
その後も吞みすぎていない人物を見つけては話を聞いていくが、めぼしい情報はない。
仕方なく店を出た紫鬼が目にしたのは5人の男達に囲まれた紺馬の姿だった。
「おいおぃ。どうしたよ?」
紺馬に近付き話を聞く。
「そこの男がいきなりワタシの尻を掴んできてな。張り倒したら仲間がワラワラと集まってきたんだ。」
見た目麗しい紺馬を見て酔っ払いが絡んで来たらしい。
「なんだと!テメェ!オレ達の仲間にあんな事して置いて被害者面か?!」
あんな事と男が指差す方を見れば男がひっくり返って気絶していた。
「あらら。これは紺馬がやり過ぎたかのぅ。」
「いきなり尻を捕まれたのだぞ?あれくらいはやってやった方が良いに決まってる。」
「2発も殴った上に足払いまでかけやがってよく言うぜ!」
「ワタシの尻は安くはない。」
「安い高いの話をしてるんじゃねぇ。やり過ぎだって言ってんだ!」
間に入る紫鬼。
「まぁまぁ。人様の尻を勝手に触った奴も悪い、まぁ殴りすぎた方も悪い。喧嘩両成敗って事で終わりにしようや。」
その言葉に5人の男達が喚き出す。
「何が両成敗だ。いきなり出てきやがってオメェはなんなんだ!」
「ふざけるなよ!」
「謝れ!両手をついて謝れ!」
困り果てた紫鬼。
「さて、どうしたものか。」
そこに我慢出来ずに1人の男が殴りかかって来た。
「なめんじゃねーぞ!」
紫鬼の顔面を狙ったパンチが放たれ、紫鬼は咄嗟に避けながら左ジャブを繰り出していた。
「あっ。」
大男の部類に入る紫鬼が何気なく放ってしまった左ジャブは男を数mほど吹っ飛ばした。
これを見た他の4人にも火がついた。
「このやろー!」
「やりやがったな!」
「ふざけんな!」
「ふくろにしてやる!」
一斉に4人の男に襲われた紫鬼であったが、その実力はSランク相当である。
酔っ払い4人程度を黙らせるのに時間はかからなかった。
そこに衛兵達がやってくる。
「コラー!お前達何をやっとるかー!」
「む?不味いな。騒ぎか大きくなってしもうたわ。」
「ワタシは1人だけだからな。あとの5人は鬼王がやったんだ。」
「いや。そもそもはお前じゃろ?」
「ワタシは悪くない。いきなり尻を掴んできた奴が悪い。」
「それはそうじゃな。」
衛兵達が到着する。
「お前達!往来で喧嘩とは何事か!」
衛兵達からしたら無傷で立っている紫鬼達の方が悪者に見えたらしい。
捕まえる気満々である。
「いやな。そこで伸びとる奴が連れの尻をいきなり掴んだらしくてな。それで仲間をやられた5人が殴りかかってきたもんでついやり返してしもうた。」
「なんだと?いきなり尻を掴んだだと?こいつか!」
衛兵達はまだ絶賛気絶中の男に向き直る。
「それにしてもやり過ぎだろう。凄い鼻血の量じゃないか。」
「ワタシは悪くない。」
「えぇい!喧嘩両成敗だ!双方引っ捕らえろ!」
「何故ワタシも捕まる?」
理解出来ないと首を傾げる紺馬。
「まぁ、ここは抑えておけ。」
宥める紫鬼。
紫鬼と紺馬の腕に縄がかけられる。
そうしてまだ気絶している男達6人と一緒に連行される紫鬼達。
向かう先は領主邸の方角。どうやら監獄もその辺りにあるらしい。
そんな連行される紫鬼達2人と領主に向けた書状を持った白狐は領主邸の前でばったり出くわした。
「ちょっ?!どうしたんです?2人とも?」
「いやな、ちょっと揉め事に巻き込まれた。」
「連行されてるじゃないですか?ちょっとどころじゃ無いですよ!」
衛兵達が白狐に気付く。
「知り合いか?街の往来で喧嘩など言語道断!2、3日は監獄の中で反省して貰うからな!」
「2、3日も?」
「おい。鬼王。今からでもコイツらぶちのめすか?」
「やめれ。余計大事になるわ。」
手首に巻かれた縄を引き千切ろうとする紺馬を止める紫鬼。
そんな2人に白狐が言う。
「とりあえず領主宛の書状は書きましたから1週間は待ちです。お2人は大人しくしていて下さい。」
「うむ。すまんな。」
「ワタシは悪くないのに。」
そのまま連行されていく2人を見送る白狐であった。




