164話 死者の砂漠1
金獅子が目指すモーノ共和国の首都モリノは死者の砂漠の北、聖都と帝国の中間辺りに存在する。
街の北側以外、東西南は砂漠に囲まれているその街へとマジックシティから向かうにはマジックシティを北に出て砂漠を避けて森や草原を通りながら大きく迂回するように北に辿り着くか、マジックシティの西に出て死者の砂漠に入り、そこから北上するかの2択だった。
前者の方が時間は掛かるが安全な道程、後者は危険だが時間が掛からない道程となる。
金獅子は時間の節約を取った。
砂漠を行くことにしたのである。
砂漠を行くとなると短距離なら馬に乗って行けばいいのだが、長距離ともなると馬にも大量な飲み水が必要となる為、馬には荷物しか載せられず、荷物持ちとして手綱を引いて砂漠を進む事になる。
死者の砂漠の恐ろしさは最高50度超え、夜はマイナス20度にもなる気温差だけでなく、湧くように現れる昆虫型の魔物の強大さもある。
今も金獅子の前にはジャイアントアントの群れが襲い掛かってきている。
砂漠に入って1時間もしないうちにこれである。
ウマが逃げないよう手綱を金物の杭に括り付け、砂漠に刺す。
そして馬には被害がでないように離れた場所でジャイアントアント達と対峙する金獅子。
ジャイアントアントは体長1m程度の巨大な蟻で単体ではEランクだが必ず群れで行動する為、その数が脅威と見なされ集団になるとCランクにまで跳ね上がると言う魔物だ。
そんなジャイアントアントが見る限り30ちょっと。
足元が砂場と言う事に加え、50度近い気温が金獅子を不利にした。
だが、ここから先にもっと強大な魔物が出てきた際を考えると王化は控えておきたい。
その為、生身で高温で陰ろうが見える中で1人大剣を振り回している。
ジャイアントアントの攻撃手段は噛みつきである。
その為、放っておいても相手から近付いてくる。
金獅子はただ近付いてくる巨大な蟻を大剣で打っ叩けばいいのだ。
だが、ジャイアントアントもなかなかに強靱な外殻を持っており、軽い一撃ではその首を落とすことは出来ない。
滝のように流れる汗を拭いながら、目前に迫ったジャイアントアントを全力で打っ叩く。
大剣を振るうのは言うまでも無く全身運動である。
気温50度にもなる砂漠地帯でそんな運動を30分も続ければヘロヘロになる。
すでに戦闘開始から30分が経過し、残るは4体。金獅子は力を振り絞りジャイアントアントに立ち向かう。
1体、また1体とその頭を潰して行く。
最後の2体は同時に噛みついてきた。
1体は近付かれる前に頭を刎ねたがもう1体の接近には間に合わなかった。
「ぬお?!」
仕方なく左腕を上げて噛みつきを受ける金獅子。
腕にはヴァンブレイス(前腕当)を装備している為、肉には牙は届いていない。しかし、ミシリと音を立てて潰されそうになる。
「くっそ!」
慌てて金獅子は大剣を首元に当てて思い切っり突き刺す。
その一撃でジャイアントアントの首が落ち、噛みつきも中断された。
ヴァンブレイスに噛みついた頭部は強固であり、その顎を外すのにさらに時間が掛かった。
舐めていた。あのまま噛みつかれていたらヴァンブレイスごと腕を噛み千切られていただろう。
ジャイアントアントを一網打尽にした金獅子だったが、すでに体は限界だった。
金物の杭に繋いだ馬まで移動すると背に載せた荷物から水を取りだし頭から被る。
その後は喉を鳴らして水を貪り飲んだ。
もちろん馬にも水分補給させてやる。
まだ砂漠の外周部なのにこの暑さである。
「砂漠を舐めておったわ。」
独り言ちる金獅子。
小休憩を済ませてまた馬の手綱を握り砂漠を歩く金獅子。
まだジャイアントアントとの戦闘から30分ちょっとなのにもう次のお客さんだ。
次は、ジャイアントスコーピオン2体。
再び杭に手綱を止めて砂漠に刺す。
幸い魔物が現れても暴れ出す馬ではない。
馬から距離を取りジャイアントスコーピオンと対峙する。
ジャイアントスコーピオンはDランクの魔物で頭の先から尻尾までを含めると2m近い巨体をしている。
何より恐れるべきはその尻尾についた毒針であり、刺されれば手足が痺れ餌にされてしまう。
他にも両腕に突いたハサミなどは鉄すら曲げる膂力があり、注意が必要となる。
金獅子は2体を同時に相手にしながらも毒針の行方に絶えず注目していた。
ハサミで襲い掛かってくるジャイアントスコーピオン。大剣で弾きながら頭部に打ち付けていく。
そこで1体が尻尾を振り下ろし毒針で突いてくる。
金獅子はすぐさまハサミを弾きながら毒針のある尻尾の先端を大剣で薙いだ。
スパッと切れる尻尾、切断面からは毒液が滴る。
まず1体の毒針は封じた。
その後はハサミでの攻撃を繰り返すジャイアントスコーピオン。
もう1体はなかなか尻尾を使ってこない。
それにしても熱い。意識が朦朧としてくる。とここで金獅子は失敗した。大剣をハサミで挟まれたのだ。金獅子の膂力を持ってしてもなかなか外れないハサミ。
そこを狙ったかのように無事な尻尾を持つ方が毒針を差し向けて来た。
不味い。
「王化!獣王!」
咄嗟に王化する金獅子。
右手中指のリングにはまる金色の王玉から金色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると獅子を想起させるフルフェイスの兜に金色に輝く王鎧を身に着けた獣王形態になる。
差し迫ったジャイアントスコーピオンの毒針は王鎧に阻まれて弾かれる。
王化して膂力の増した金獅子らハサミに挟まれた大剣を力ずくで外し、まだ尻尾の無事な方のジャイアントスコーピオンの頭部を破砕した。
残ったのは尻尾を斬られた方のみ。
ハサミの攻撃を大剣で弾き飛ばし、頭部に大剣を叩き付ける。
グシャっと音がしてジャイアントスコーピオンの頭部が破壊される。
「王化、解除。」
王化を解いた金獅子は独り言ちる。
「危なかったな。ランク通りだと思っておると足元掬われるな。」
馬の方に戻り杭を抜く。
頭にある地図的には3日もあればモーノ共和国首都モリノに着くはずである。
だが砂漠に入ってまだ3時間程度の事でこれだ。
先が思いやられる。
砂漠の旅はまだ始まったばかりである。




