128話 人蛇1
数日後の夜、やっと森を抜けた。
道中遭遇した魔獣達は全て血抜きして、内臓を取り除いてから影収納に収めてある。
これでしばらく肉には困らなそうなくらいの数がある。
当初の予定通り、森を抜けた所で、帝国軍兵士達を待つ事にしていたので、今日はここで野営の準備をする。
熊肉が大量にあるので、ローストビーフの牛肉代わりに熊肉を使って作って見ようと思う。
まずは熊肉のブロックに塩コショウをすり込み、鍋に水を入れて沸騰させる。
フライパンに油を敷いてから、強火で熱して、肉の表面に焼き色をつける。
袋に肉を移してしっかりと空気を抜いて入り口を縛る。念の為袋は二重にする。
沸騰したお湯の中に肉の袋を入れて3分ほど煮る。
この間にニンニクを少量すりおろしておく。
3分経ったら火を止めて、肉の袋が浮き上がらないように落とし蓋をして、20分放置する。
その間にソースを作る。
肉を炒めたフライパンにショウユ、ミリン、料理酒、すりおろしたニンニクを入れて炒める。これだけだ。
放置したらお湯から出して袋のまま冷めるまで放置する。
放置して粗熱が取れたら薄くカットして作ったソースをかけてできあがり。
出来上がった熊肉のローストは野性味溢れる肉肉しさが際立つ一品に仕上がった。
皆からの評判も上々だ。
そんなこんなで夜は更けて行くが、まだ帝国軍兵士達は現れない。
結構距離が空いてしまったのかもしれない。
ひとまずは合流するまでは待機する事にしてこの日は就寝となった。
一晩明けたがまだ帝国軍兵士達はあらわれない。
昨日は夜だった為、よく見えなかったが、森を抜けた先は道の両サイドが切り立った崖になっており、至る所に洞窟のような穴が空いていた。
確実に何かが住んでいそうな穴である。
その数はざっと見ても100は下らないだろう。
俺達だけで1度に相手にするのは危険だろう。
やはり帝国軍兵士達を待つ事にする。
朝からそれぞれが思い思いに時間を潰す。
俺は昼食の準備としてBBQの準備をした。
たまにはみんなで焼きながら食べるのも良いだろう。
様々な肉が手には入ったので、それらを一口サイズに切って串に刺して行く。
もちろん野菜串も準備した。
そこら辺の石を積んで竈も作った事だし、そろそろ火をつけて鉄板を熱しておこう。
火付け役はドランに任せた。
「ドラン、火炎ブレスを頼む。」
「グキャ!」
もうすっかり言葉を理解しているドラン。
こちらの思惑と違えず竈の薪に火をつけてくれる。
鉄板がきちんと温まってから昼食とした。
いつもは俺が準備したものを皆で食べているので、それぞれが焼きながら食べるのは新鮮だった。
ドランにもレッドボアやレッドベアの肉を与えたがやっぱりハーピー肉を欲しがったので、塩コショウして別に焼いてやる。
余程ハーピー肉がお気に入りらしい。
そんなに美味いなら一口くらい食べてみようかな、と思わないでもないが、やはり生きたハーピーを知っているだけあって食べるのには抵抗があった。
そんなBBQも皆が満腹になるまで続け、後片付けをしている間に帝国軍兵士達がやっと現れた。
先頭を歩くバルバドスにも疲れの色が見える。
「遅かったな。道に迷ったか?」
「いや、実はな…。」
聞けば兵士達が魔花の花粉に受肉されて襲い掛かってきたのだとか。
頭に花を咲かせた兵士達を想像すると笑いがこみ上げてきたが、実際相手にしたバルバドス達は笑い事ではなかったらしい。
どうにか花を引き抜いたら正気を取り戻したらしいので、脱落者はなし。
先頭を行く俺達がレッドベアやクリムゾンベアと言った強敵を倒していった為、襲ってくる魔獣はそこまで強いものはいなかったらしい。
流石にAランクの魔獣であるクリムゾンベアに遭遇していたら死傷者なしにはここまで来れなかっただろうとバルバドスも言う。
やっと森を抜けた帝国軍兵士達も少し休憩したいと言うので、この日はそこでまた野営する事になった。
俺達も戦闘続きだったので、ここらで1回リフレッシュがてら休んでおくのも悪くない。
夜はBBQの残りの肉と野菜をフライパンで軽く炒めた野菜炒めにした
もちろんドランにはハーピー肉だ。
塩コショウとショウユで、味付けした野菜炒めはなかなか盛況だった。
明けて翌日。森を抜けた事で夜間の襲撃もなく、十分に休めただろう。
と言う事で早速、洞窟の様な穴が点在する方向へと進んで行く。
するとやはり穴の中から下半身が蛇、上半身が人間のラミアが大量に出てきた。
中には頭から2匹の蛇を生やしたラミアの上位種であるエキドナも混じっている。
ラミアの体長は4m程度で、エキドナはさらに大きく5m程度はある。地表からの身長で言えば170cm程度だが、下半身に伸びる蛇の尻尾が長いのだ。
あれに巻き付かれたら全身の骨を砕かれて窒息死させられそうだ。
そんなラミアにエキドナは長剣や槍で武装しており、その数は200体程度はいそうだった。
「敵の数が多い。王化して俺様達は上位種の殲滅を優先しよう。」
金獅子が言う。
「王化!獣王!」
金獅子が声を上げると、右手中指のリングにはまる金色の王玉から金色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると獅子を想起させる兜に金色に輝く王鎧を身に着けた獣王形態となる。
「王化!牙王!」
銀狼が声を上げると、左手中指のリングにはまる王玉から銀色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると狼を象った兜に銀色に輝く王鎧を身に着けた牙王形態となる。
「王化!龍王!」
蒼龍が声を上げると、首から下げたネックレスにはまる王玉から蒼色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると龍の意匠が施された兜に蒼色の王鎧を身に着けた龍王形態となる。
「王化。不死王。」
黄豹が声を上げると、右足のアンクレットにはまる王玉から黄色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると豹を想わせる兜に黄色の王鎧を身に着けた不死王形態となり緑鳥達を守るように後方に下がる。
「王化!破王!」
白狐が声を上げると、右耳のピアスにはまる王玉から真っ白な煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると狐を想起させる兜に真っ白な王鎧を身に着けた破王形態となる。
「王化!鬼王!剛鬼!」
紫鬼が声を上げると、右腕のバングルにはまる王玉から赤紫色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると額に2本の角を持つ鬼を象った兜に赤紫色の王鎧を身に着けた鬼王形態となる。
「王化。聖王!」
緑鳥が王化し、額に輝くサークレットにはまる緑色の王玉から緑色の煙を吐き出しその身に纏い、その煙が晴れると鳥をイメージさせる兜に緑色の王鎧を身に着けた聖王形態となり、ドランを抱えて後方に下がる。
最後に俺も王化する。
「任せたぞ。ヨル!」
『おぅ。久々の儂の出番だ。』
「王化!夜王!!」
ヨルが俺の体の中に入り、左耳のピアスにはまる王玉から真っ黒な煙を吐き出しその身に纏う。
その後煙が晴れると猫を思わせる兜に真っ黒な全身鎧、王鎧を身に着けた夜王形態となる。
俺は体の制御権を手放した。
ヨルは影収納から主力武器である黒刃・右月と黒刃・左月を取り出すと左手は逆手、右手は順手でナイフを握る。
「黄豹は緑鳥達の護衛を頼む。では行くぞ!」
金獅子の号令で皆駆け出す。
「魔素よ燃えろ、燃えろよ魔素よ。火炎となり給え。ファイア!魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。岩石の力へとその姿を変えよ。魔素よ固まれ、固まれ魔素よ。我が目前の敵達に数多の石礫となりて打倒し給え!ストーンショット!!」
遠くから桃犬の複合魔術が飛び、ラミア達に痛打を与える。
そんなラミア達を通り過ぎ、ヨル達は後方のエキドナへと向かった。
「皆の者!前進せよ!」
バルバドスの号令で帝国軍兵士達も前に出る。
ラミア達は帝国軍兵士達にお任せだ。
ヨルが近付いたエキドナは長剣を持っていた。
まずはナイフと長剣での斬り合いが始まる。
エキドナの剣技は何処かの騎士を思わせる正統派な剣術だった。
それだけにヨルも相手の出方が読みやすく、変則的な動きで翻弄する。
右手に握った黒刃・右月で斬り込み長剣で受けられたら大きく外に弾くように腕を振り上げつつ、左手に握った黒刃・左月で腹部を切り裂くように内側から外側に向けてナイフを一閃させる。
そのまま振り抜いた左手を戻して黒刃・左月を相手の脇腹に突き刺す。
終始ヨルの方が優勢に思えた。
だが敵の狙いは長剣での剣技ではなかった。
気付いた時には下半身の蛇の尻尾がヨルの周りを取り囲んでいた。
そして一気に締め上げに入る。
咄嗟に気付いたヨルは跳躍して避けようとしたが、左足が絡め捕られてしまった。
気が付けば足を取られ逆さ吊りにされたヨル。エキドナはそのまま長剣を振るって来る。
迫る長剣を弾きながら、足を拘束する蛇足を切り刻むヨル。
その常態化が10分も続いただろうか。常人なら頭に血が上ってフラフラになるだろう。
だが、ヨルは常人ではない。妖魔だ。
逆さ吊りのまま長剣を弾き続け、蛇足を切断する事に成功。
ようやく地に足がついた。
「アタシの拘束から逃げるなんてやるじゃないのさ。」
ここでエキドナが話しかけてきた。
魔人化しているらしい。となれば他のエキドナ達も魔人化していると見た方がいい。
下手したらラミアにも魔人化しているのがいるかもしれない。となれば、帝国軍兵士達では荷が重い。
さっさと目の前のエキドナを倒して次に向かいたいところである。
幸い最初に与えた右脇腹への攻撃が効いているらしく、傷口からは次々と血が流れている。
ヨルは傷口をさらに広げる事にしたようだ。
右手の黒刃・右月で長剣を押さえつけて左手の黒刃・左月で脇腹を抉る。
「これでどうだ!」
さらに傷口を広げるように刃を臍辺りまで振り抜いた。
傷口からこぼれ落ちる臓物。
「グガァァァア!」
明らかに動きが悪くなったエキドナの首筋に向けて両手のナイフを一閃させると、その首を刎ねたのであった。
「次のエキドナはどこだ?」
ヨルは呟くと手近なエキドナに向けて駆け出した。
2体目は槍を持ったエキドナだった。
「よくも同士をやってくれたわね!」
こいつも喋れるらしい。
槍で突いてくると同時に頭髪の毛と同化した2匹の蛇のがヨルへと迫る。
ヨルは槍を跳躍して避けると迫る蛇の頭を両断、そのまま槍の上に着地するとエキドナに向けて1歩踏み出す。
エキドナは槍を上に持ち上げてヨルを払いのけようとするが、それより先にヨルはエキドナの頭上に飛び、その顔面に向けて両手のナイフを振り乱す。
顔面に傷を負ったエキドナは槍から手を離し顔面を覆う。
「ウガァァォ!アタイの顔がぁぁぁ!!」
その背後に降り立ったヨルは首筋にナイフを突き刺してとどめを刺した。
「まだまだおるな。次に行くか。」
次なるエキドナに向けて走り出したヨル。
人蛇との対戦はまだ始まったばかりである。




