119話 竜魔8
龍王は魔将、九頭の九嶋へと駆け寄った。
「おれの最初の相手は貴様か。」
4mもの巨体に身長と同じ長さのハルバードを持った九頭の九嶋が龍王を迎え撃つ。
喋るのは真ん中の首に乗った頭部らしい。
他の首に乗る頭部はゆらゆらと揺らめきながら龍王を睨む。
先制攻撃は龍王の三叉の槍での刺突だった。
しかしその刺突はハルバードに絡め捕られ上方に逸らされる。
そして槍が上に流れた事で空いた龍王の腹部に九頭の九嶋がハルバードによる刺突を返す。
カキンッ!
刺突は王鎧に阻まれ肉体には達しなかったものの、その勢いに押されて数m後ろへ飛ばされる龍王。
ただの一撃で吹き飛ばされた事に衝撃を覚えつつ、龍王は再度九頭の九嶋に向かって駆け寄り、三叉の槍での刺突を放つ。今度は捻りを加えて威力を上げている。
捻りを加えた事で再び絡め捕ろうとするハルバードを弾き、九頭の九嶋の足の付け根にヒットした三叉の槍。
しかし、九頭の九嶋も全身を竜鱗で覆われており、その攻撃は鱗に弾かれてダメージを与える事が出来なかった。
お返しとばかりにハルバードの斧頭での斬撃が放たれ、すぐさま三叉の槍を戻した龍王は槍の柄の部分でその斧頭を受ける。
が、ガードしていても勢いを殺す事が出来ずまたしても数mも吹き飛ばされる龍王。
「うむ。そんなものか神徒よ。」
九頭の九嶋は神徒の存在を知っているらしい。
「ぬう。体が大きいだけあって膂力が違い過ぎるな。」
ボソッと呟いた龍王はそれでも九頭の九嶋に向かって駆け寄る。
跳躍して顔の高さまで来ると槍を突き出す。
「水撃・龍翔閃!」
突き出された槍の先端から高圧の水撃が放たれ、九頭の九嶋の1つの頭に向かう。
しかし、九頭の九嶋は首をすぼめてその水擊を避けるとハルバードで突きを放ってきた。
龍王は突き出されたハルバードに向けて槍を高速で何度も突き出す。
「龍覇連突!」
高速突きを受けたハルバードは下方に押し出され、続く連突は九頭の九嶋の複数の頭部に当たるも竜鱗に阻まれる。
「ほう。水流を扱うか。面白い。」
着地した龍王は再度腹部を狙った刺突を繰り出す。
「水撃・龍翔閃!」
突き出された槍の先端から高圧水流が九頭の九嶋へと向かう。
と、ここで九頭の九嶋の1つの顔が胴体まで降りてきてブレスを放った。
「雷電の息吹!」
高圧水流に電流が流れ、水流を生み出す三叉の槍にまで届くと、槍を持つ龍王にまで電撃が流れ込む。
「ぐがぁぁぁ!」
王鎧から煙が立ちのぼる。
電撃は王鎧を通って龍王の肉体にまでダメージを与えた。
「くっ。雷撃を吐くとは。」
属性には優劣がついている。
火には水が強く、水は雷に弱いと言った関係性だ。
氷〉火〉水〉雷〉土〉風〉氷と言った関係性になっている。
つまり水属性の龍王は雷撃に弱かったのだ。
「それならこれでどうだ!王化!武王!」
そう叫ぶと右手親指にしたリングにはまる紅色の王玉から紅色の煙が立ちのぼり龍王を包み込む。
その煙が右腕に吸い込まれるように消えていくと、右腕に紅色の線が入った王鎧を纏い、その手に燃えるような紅色の槍を持った龍王が立っていた。
「水が効かぬならこれでどうだ!」
龍王は右手に握った紅色の槍での刺突を放つ。刺突は炎を纏い九頭の九嶋へと迫る。
「む。次は火炎属性か。」
これには九頭の九嶋も距離を取る。
火炎属性は効果があるとみた龍王は両腕の槍を巧みに操り、ハルバードを突き上げると紅色の槍での刺突を再度放つ。
槍の先端から炎を吹き出した刺突が九頭の九嶋へと迫る。
すると先程ととは別の頭が降りてきてブレスを放つ。
「水流の息吹!」
9つの頭のうちの1つから猛烈な水流が放たれ、紅色の槍が纏う炎を掻き消す。
そればかりか刺突の勢いを押し出し、龍王を数m吹き飛ばした。
「なに?!雷属性だけでなく水属性のブレスまで放つのか?」
龍王が持つ水属性だけでなく、武王の力を発現させた火属性の攻撃すら九頭の九嶋には効かなかった。
こうなると純粋な槍技のみで戦うしかなくなる。
「くっ!龍覇連突!」
左右に持つ槍での高速の連続刺突を放つ龍王。しかしその一撃一撃を確実にハルバードで受けられてしまい、九頭の九嶋の体に届かない。
逆にハルバードの斧頭による斬撃を腹部に食らい、またしても数m吹き飛ばされ、さらに王鎧にひびが入ってしまった。
「くっ。我が槍が届かぬとは。」
そこにエントリーしてきたのは牙王だった。
「蒼龍、下がってくれ。お前の攻撃が効かないのは見ていた。他のドラゴニュートの相手を頼む。」
「む。かたじけない。」
牙王に代わるように龍王が下がっていく。
「さぁ、ここからはオレが相手だ。」
「ふむ。次は双剣使いか。」
九頭の九嶋はハルバードを構えて迎撃態勢だ。
「行くぞ!」
牙王は一気に九頭の九嶋とも距離を詰め、ハルバードを右手の剣で跳ね上げると左手の剣を腹部に叩き付ける。
カキンッ!
高質なもの同士が当たる音が響く。
牙王の剣でも九頭の九嶋の竜鱗に阻まれてダメージを与えられない。
「これならどうだ!双狼刃!」
頭上で交差させた双剣を振りぬくもハルバードに邪魔をされて攻撃が通らない。
牙王はハルバードを下方に刎ねるとその場で跳躍し、九頭の九嶋の1つの頭に向けて斬撃を放つ。
「氷結狼々剣!」
左右から切りかかり、ちょうど1つの頭部の眉間部分でクロスした斬撃はその名の通り対象を凍り付かせる技である。
凍らせたと思ったのも束の間。凍らせたはずの頭部が火を噴き氷を溶かす。
「烈火の息吹!」
遅れて中央の頭部が技名を呟く。
「雷撃に水流ときて火炎属性まであるってのか?!」
牙王の技は氷属性であり火属性に弱い。
「もう終わりか?ではこちらから行くぞ。」
九頭の九嶋がハルバードでの猛攻を仕掛けてくる。
先端の槍で突き、斧頭で斬り込み、また槍で突く。
繰り返される連撃をどうにか双剣で弾き返す牙王。
しかし受けても勢いを完全に殺すことが出来ず段々と後退させられる。
それでも連撃の合間を縫って1歩踏み出し双剣を交差させて振るう。
「くっ!氷塊弾!」
交差させた双剣から氷塊が発生し、九頭の九嶋へと向かう。
「烈火の息吹!」
またしても9つの頭のうち1つの頭が火炎のブレスを吐き出し、氷塊とぶつかると、水蒸気爆発が起こる。
爆発に煽られて後方に吹き飛ばされる牙王。
しかし、九頭の九嶋は1歩も動かない。
そう、戦いが始まってから九頭の九嶋は1歩も動いていなかったのだ。
「神徒とはこの程度てあったか。他の魔将共がやられた意味がわからんな。」
牙王は自身の技をことごとく打ち返されて為す術がない。
それでも九頭の九嶋へと向かっていき、双剣を振るう。
ハルバードを跳ね上げ、腹部に剣を叩き付ける。
ガキンッ!
ガッ!
双剣の片方が当たった際になにがか砕ける音がした。
見れば九頭の九嶋の腹部の鱗が欠けている。
竜鱗と言えど無敵ではない。攻撃を当て続ければ砕く事が可能だと言う事である。
牙王は果敢に攻める。
相手を凍らせると言う必殺の剣を封じられたが、それでも双剣を振るい、ひび割れた竜鱗目掛けて攻撃を入れて行く。
が、連撃の合間にハルバードの斧頭による斬撃を胸部に受けてしまい、数m吹き飛ばされる。
ざっくりと刃が通った後には傷が残っていた。
斬撃自体は王鎧により防げたが、打撃の衝撃は確実に肉体にまでダメージを与えられた。
たった一撃をだがもろに受けてしまった牙王は双剣を杖代わりに立ち上がる。
そこに現れたのは大剣を担ぐように構えた獣王だった。
「銀狼よ。下がれ。こいつは俺様が相手をする。」
「金獅子の兄貴。すまない。任せた。」
「おう。」
短い会話を交わすと牙王が下がっていき、逆に獣王が前に出る。
「あたまが9つとは斬り甲斐がありそうだな!」
獣王は跳び上がり大剣を1つの頭部に叩き付けるように振るう。
「断頭斬!」
しかしハルバードを掲げた九頭の九嶋にガードされてしまう。
「まだまだぁ!」
獣王が大剣を振るい、九頭の九嶋がハルバードで受ける。
剣閃は段々と早くなり、ハルバードでの防御が間に合わなくなる。
すると大剣での思い一撃が九頭の九嶋の腹部に突き刺さる。
砕け落ちる竜鱗。
「グゥ。」
ここで初めて九頭の九嶋が後方に1歩下がった。
「食らえ!雷鳴剣!」
大剣が電撃を発しながら九頭の九嶋へと迫る。
と、ここで新たな首が伸びてきた。
「土砂の息吹!」
9つのうちの1つの頭が吐き出したのは大量の土砂。
そんな土の中に包まれた大剣からはすっかり電撃は消え去っていた。
大剣をハルバードで弾き返し、刺突を放ってくる九頭の九嶋。
腹部に槍を受け数m吹き飛ばされる獣王。
なにが起こったのか理解が追いつかない。
獣王が放った電撃は土砂に飲まれたことでその電流を土に散らす事となり、結果電撃が消え去ってしまったのだ。
9つの首のうち4つの頭からそれぞれ違う属性のブレス攻撃を放ってくる九頭の九嶋。
残る頭からもそれぞれ異なる属性の攻撃が繰り出される事が想像出来た。
しかし属性は6つ。首の数は9つ。残る3つは何なのか。
その答えはすぐに分かった。
「貴様は膂力が強いらしいな。ならば、猛毒の息吹!」
また異なる頭が紫色の怪しい煙を吐いてきた。
「猛毒の息吹を吸えばドラゴンだろうと死に至る。貴様も終わりだ。」
九頭の九嶋はすでに勝った気でいる。しかし、王鎧に身を包んだ神徒には毒は効かないのは先日のヒュドラ戦でも確認済みである。
獣王は紫色の煙を気にすることなく、突っ込む。
「なに?!毒の息吹が効かんだと?」
初めて狼狽を見せた九頭の九嶋。慌ててハルバードを振るうも獣王はハルバードを掻い潜り腹部に大剣を叩き付ける。
ガキンッ!
ガッ!
再び竜鱗が砕ける。
その砕けた位置に向けて大剣を差し入れる獣王。
剣先が差し込まれた所で九頭の九嶋は後方に飛んで避けた。
そしてさらに別の頭部がブレスを吐いた。
「粘着の息吹!」
それはまるでスライムのようや緑色をした粘液で、咄嗟に大剣で振り払おうとした獣王だったが、斬られた粘液が飛び散りの頭から全身にかけて粘液塗れになる。
「む?なんだこれは?」
最初は濡れただけで特に影響はなかったのだが、時間が経つにつれて粘り気が出てきた。
「ぐぬぬぬぬ!」
腕と胴体が粘液でくっつき、大剣を掲げるのにも一苦労である。
そんな状態だから九頭の九嶋が放つハルバードの斧頭の斬撃をもろに胸部に受けてしまう。
しかも足元も粘液塗れの為、強烈な打撃を受けたにも関わらず吹き飛ばされる事無くその場に留まる。
こうなるとサンドバッグ状態で次々と腹部、胸部、頭部に攻撃されてしまう。
「くっ!ぐっ!ぐはっ!」
その攻撃はいずれも重く、王鎧越しとは言えど獣王にダメージが入っていく。
「これで仕舞いよ!」
大振りの斧頭での斬り込みを受けて獣王が吹き飛ばされる。
「ぐおぉぉぉ!」
その胸部から腹部にかけて王鎧が砕け、血が滲んでいる。
そうなってもなお粘液塗れの体は言う事を聞かず、なかなか立ち上がることさえ出来ない。
そんな獣王にゆっくりと近づいていく九頭の九嶋。
そのままゆったりとした動作でハルバードを掲げて獣王へと振りかぶる。
「死ね。」
高速で振るわれるハルバード。
ガキンッ!
高質な音が響き渡る。
獣王と九頭の九嶋との間に割り込んだのは破王が刀でハルバードを止めていたのだ。
「真打ち登場。」
ボソッと呟き九頭の九嶋へと刀を一閃。それを後方に飛んで避ける九頭の九嶋。
対魔将戦はここからが本番となった。




