109話 特訓3
一晩経っても雨が弱まる気配がない。
ワンリンチャン曰く、ここまで大雨が続くのはほんとに稀な事らしい。
流石に豪雨の中、先に進む気にはならず、今日も洞窟内で過ごす。
俺はドラゴンの卵を抱えて温めているし、蒼龍は武王形態で金獅子と銀狼と訓練をしている。
白狐と黄豹も2人で手合わせしているし、緑鳥は帝国軍兵士達の中の衛生兵に聖術のレクチャーをしている。
桃犬とシュウカイワンは2人して魔法と魔術について話をしているし、ワンリンチャンは俺に付き合って話し相手になってくれている。
と、ここで紫鬼が何やら絶鬼形態になって何かやっている。
「なぁ紫鬼。何やってんだ?」
「む?いやな、ヨルと蒼龍が呪王、武王の王玉が扱えるようになったじゃろ?ワシも灰虎の形見の王玉を扱えるようにならんかと思うてな。」
「3つ同時起動させるってのか?流石に厳しいんじゃないか?」
「うむ。まぁ今日は時間もある事だし試してみてもいいじゃろ。」
そう言って左腕のバングルに集中する紫鬼。
「そうじゃ。ヨルよ。どうやって呪王形態になったんじゃ?参考にさせてくれ。」
『なに?儂はただ王化する時と同じように神通力を王玉に流しただけよ。』
そうだ。ヨルは事、戦闘センスは天才的なのだ。あまり参考にはならないだろう。
『技を出す時を思い出せ。その際には神通力を使っておるはずじゃ。それをもう一つの王玉に流せばよい。』
「むむ。技を出す感じでか。」
そう言って両腕を前に突き出す紫鬼。
「鬼火!蕾!」
紫鬼の手のひらの前に5cm程度の紫の炎が発生する。
「これだと技が出てしまうから…。」
ふんっと踏ん張る紫鬼。まだまだ実現には遠そうである。
ふと奥を見れば金獅子と銀狼を一気に相手取る武王形態の蒼龍が見える。
随分と右手に握った燃える槍の扱いにも慣れたようで、2人相手にしながらも左右の槍で上手くいなしながら突く、薙ぐとスムーズに行えている。
これはきっと紅猿の棍も使いたがるだろうと見た俺は影収納から紅猿の棍を出しておく。
案の定、1時間が経過して王化が解けた蒼龍が棍を取りにやってきた。
「王化してない時の訓練はほどほどにな。まぉ多少怪我しても緑鳥が治してくれるだろうけどさ。」
「うむ。気を付けるとしよう。」
そう言って蒼龍は金獅子達のもとに行くと二槍での特訓を続ける。
さらに奥をでは白狐と黄豹が組み手稽古中だ。王化せずに実剣での組み手だから見ているこっちがハラハラする。
白狐は峰打ちで相手しているようだが、やはり実戦経験の差からか白狐が黄豹に1本入れる数の方が多い。
ってか見ている限り黄豹の刃付きトンファーをギリギリで刀で受けて反撃で峰打ちしてるのが続いている。
致命的なダメージにはならないように注意しているようだが、後で黄豹には緑鳥に聖術をかけて貰うように言おう。
と、ここで桃犬とシュウカイワンが盛り上がっている。
「どうした?何かあったか?」
聞いてみると桃犬が興奮したように言う。
「見てください。シュウカイワンさん、凄いんですよ。」
何が凄いのか見ていると、
「アイス!ウィンド!」
とシュウカイワンが魔法を唱えると洞窟の壁に大きな亀裂を入れていた。
「おいおい。なんだよ、今の?攻撃魔法は使えないんだったよな?」
「えぇ。生活魔法を組み合わせてるんです。アイスの魔法で細かい氷の刃を作って、それをウィンドの魔法で飛ばしてるんですよ。」
シュウカイワンが説明してくれた。
「ほら、海魔の方々との戦闘時にファイアで火を灯してウィンドで飛ばすってのをやったじゃないですか。あれからウィンドを使えば色々と出来るんじゃないかと思いましてね。」
それで思いついたのが氷の刃を風で飛ばす今の魔法と言うわけか。
「ほら。サンド!ウィンド!」
今度は砂を手のひらのに作り出すとそれを風で飛ばして見せた。
「これなら目潰し程度にはなるでしょう?いつも守って貰ってばかりで悪いなと思ってたんで、少しはこれで役に立てるんじゃないかと。」
「いいのか?同じ魔族と対立する事になるけど。」
「もうすでに皆さんと行動している時点で彼等からすれば裏切り者でしょうし。だからと言って簡単にやられる訳にはいかないぞってなもんですよ。」
「ね?凄いでしょ?これ見てオラも思いついたんです。見てて下さい。」
そう言って桃犬は手のひらを前に突き出す。
「魔素よ燃えろ、燃えろよ魔素よ。火炎となり給え。ファイア。」
手のひらの前に10cm程度の炎を灯した桃犬が続けて魔術を発動させる。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。岩石の力へとその姿を変えよ。魔素よ固まれ、固まれ魔素よ。我が目前の敵達に数多の石礫となりて打倒し給え!ストーンショット!!」
その呪文の詠唱が終わると数十の石礫が炎を纏って射出された。
「これが複合魔術っす。燃える石礫の完成っす。」
確かにただの石礫じゃなく炎を纏った石礫なら威力も上がっているだろう。
「凄いな2人とも。十分な戦力じゃないか。」
「えへへ。オラもいつまでも守って貰ってばかりじゃ悪いなと思って。」
いつも緑鳥達と一緒に護衛がついていた事を気にしていたらしい。
「まぁでも無理はしないでくれよ。2人ともお預かりしてる大切な人員だからな。」
「はいっす。無理ない程度に今後の戦闘ではバシバシ魔術撃つっす。」
「わたしも邪魔にならない程度に魔法撃ちますね。」
まだまだ敵が出てくると予想される今になって戦える手段が増えたのは素直に喜ばしいことだろう。
2人も色々と考えてくれているようで助かる。
ここで白狐と黄豹の訓練が一時休憩になったようだ。
黄豹は体のあちこちに痣を作っていた。
「大丈夫かよ、黄豹。痣だらけじゃねーか?」
「ん。白狐強い。1本も取れなかった。」
「ひとまず緑鳥に癒して貰えよ。おーい。緑鳥。」
「はい。何ですか?クロ様。」
近寄ってきた緑鳥に黄豹を見せる。
「あら。黄豹様、痣だらけじゃないですか。ちょっと待ってて下さい。今癒やしの奇跡を。」
そう言って錫杖を掲げる緑鳥。
「親愛なる聖神様、その比護により目の前の傷つきし者に癒やしの奇跡を起こし給え。ヒーリング!」
緑鳥がそう言うと手にした錫杖にはまる魔石が輝き出し、温かな光が黄豹を包み込む。
すると嘘みたいに黄豹の体の痣が消えていく。
「ん。もう痛くない。緑鳥、ありがと。」
「これくらいの傷なら癒やせますがくれぐれも注意して下さいね。部位欠損なんかは治せないんですから。」
「ん。気を付ける。」
そこに蒼龍達もやって来た。
金獅子も銀狼も蒼龍も傷だらけである。
「全く皆さんは血の気が多すぎますよ。」
そういいながらも全員の傷を癒す緑鳥。
「あまり深い傷は作らないように気を付けて下さいね。」
そう言い残し緑鳥はまた帝国軍兵士達のもとへと向かって行った。
そうこうしているうちに昼食の時間になったので、早速昨日狩ったドラゴン肉を調理する。
調理と言っても塩コショウで下味付けて焼くだけである。
蒼龍が言うにはそれが1番美味いドラゴン肉の食べ方だそうだ。
骨付き肉を直火で焼くため、薪をセットする。煙が洞窟内に充満しないように入り口付近に竈を作る。
みんなよく食べるので、500gくらいに切り分けたドラゴン肉を近火で焼いていく。
この間はドラゴンの卵はワンリンチャンに預けている。
鉄板焼きとは異なり直火で焼いている為、溶け出した脂が火にくべられて良い感じの匂いが充満する。
これには帝国軍兵士達もガン見である。肉はまだまだあるし、帝国軍兵士達にもおすそ分けするか。
俺は影収納からドラゴンの後ろ脚の肉を取り出してバルバドスに渡してやる。
「いいのか?貴重なドラゴンの肉なんて貰って?」
バルバドスは恐る恐る肉に手を伸ばす。
「あぁ。まだまだ肉はあるしな。これでも食べて鋭気を養ってくれ。」
「ありがとう。皆に行き渡るようにこちらも調理する。」
そう言って衛生兵に竈を準備させて肉を焼き始めた。後ろ脚2本分だから全員で食べたら肉片になってしまうかもしれないが、そこは昨日狩ったコモドドラゴンやジャイアントリザードの肉で補って貰おう。
肉がこんがりと焼き上がったところで皆を呼び、昼食にした。
ドラゴン肉は一言で言って美味かった。
塩コショウと単純な味付けだが、臭みもなく、口に入れると蕩ける脂と言い、しっかりとした歯応えの赤身肉と言い、最上級の牛肉がさらに旨味を増したような繊細ながらもしっかりと野性味も感じる味だった。
蒼龍は龍の谷でドラゴン肉を食べていたらしいが他の面々は初めてである。
皆一言も発さず無我夢中で骨付き肉をがっついた。
「うむ。これは美味いな。」
「あぁ。野性味溢れる味だな。」
「でもそんな中にも繊細な口溶けでしたね。」
「クロよ。おかわりはないのか?」
『この肉なら後1kgはいけるな。』
「美味いっす。感激っす。」
「んー。美味しい。」
「美味しいですね。でも流石にわたしはお腹いっぱいです。」
と言う事でおかわり分も焼く。
2回目の実食だが、その感動は初回と変わらないくらいに美味かった。
結局緑鳥以外の面々は1kgくらいは食べたんじゃないかな。
そんな昼食を終えても外はまだ土砂降りだ。
今日も洞窟内で1泊する事になりそうだ。
昼食後もそれぞれ訓練やらなんやら好きなことして過ごした。
卵を抱えて温めている俺はヨルに聞いてみる。
「ヨルも呪王形態で特訓とかしたかったか?」
『ん?いや儂はもう大丈夫だ。それよりも紫鬼だが、絶鬼形態じゃない剛鬼や斬鬼で爪王の王玉試せばいいのではないか?』
「確かに3つ同時よりはハードル低そうだな。」
と言うことで早速紫鬼に声をかける。
「なぁ紫鬼よ。絶鬼形態でなきゃいけない理由はないだろ?剛鬼や斬鬼形態で爪王の王玉試したらどうだ?」
「む?さらなる増強と思って絶鬼形態での3つ同時起動を目指したんだが、確かにこれで使えたとしても王化時間がさらに減るか。」
そこにも気付いたらしい。
「王化!剛鬼!」
紫鬼はいつもの2角が目立つ赤鬼形態になって爪王の王玉を試す。
「技を出すように…。王化!爪王!」
すると左腕のバングルにはまった王玉から灰色の煙が立ちのぼり、左腕に吸い込まれるように晴れていった。
そして左腕に灰虎が付けていたような灰色の鉤爪付きの籠手を身に着けた紫鬼が立っていたのである。
「おぉ!成功じゃないか。」
「む?この籠手が爪王の力か。」
試しに左腕を振るってみると、鉤爪から風の刃が出現し、洞窟の壁を削った。
「おう!風の力!紛れもなく灰虎の爪王の力じゃな。」
「やったな。これで戦いの幅が広がったじゃないか。」
「うむ。ただ剛鬼形態は漲る膂力でぶん殴るのが従来の戦い方じゃ。これは斬鬼形態の方が合いそうじゃな。」
そう言うと紫鬼は斬鬼形態になる。
「王化!斬鬼!」
斬鬼形態になっても左腕の籠手は変わらずそこにあった。
「うむ。これならスピードに乗せて爪擊を繰り出すのも悪くない。」
こうして紫鬼は斬鬼・爪王形態を手に入れたのであった。
雨はまだ続く。夕飯もドラゴン肉で焼き肉にした。ステーキじゃなく、薄切りにしても美味い。
明日には晴れてるといいなと思いながらこの日は眠りにつくのであった。




