105話 特訓2
いつもの全身黒い鎧に手首から腕を巡り胸、腹に走り太股を通って足首にまで至る橙色の線が入った夜王・呪王形態は魔素の流れまでも視認出来た。
試しにヨルが火炎魔術を発動させた。
「魔素よ燃えろ、燃えろよ魔素よ。我が目前の敵を火炎となりて打倒し給え。ファイアボール。」
ヨルの左手に30cm程度の火球が発生した。
「ふむ。これが魔術か。」
そう言うと火球を握りつぶすように消し去る。
頭の中を駆け巡った知識の中で魔術の術式構築方法も完璧にマスターしたようだ。
それを見た白狐達は大騒ぎだ。
「ヨルさん、ヨルさん!今の魔術ですよね?!それにその橙色の線と言い、呪王の力が使えるようになったって事ですよね?」
「本当に橙犬の王玉も起動出来たのかよ?」
「ワシが言うのもあれだが信じられんな。」
「ん。ヨル凄い。」
皆がヨルを賞賛する中、金獅子は1人頷いている。
「まぁヨルならやってくれると思うていたわ。」
皆、半信半疑だったが金獅子は出来ると信じていたらしい。
それを見ていた蒼龍もやり方を変えた。
1度通常の王化をしてから試す事にしたようだ。
「王化、龍王。」
蒼龍の胸元に下げたネックレスにはまる蒼い王玉から蒼い煙が噴出し、蒼龍を包み込む。
蒼い煙は体に吸い込まれるように晴れていき、残ったのはいつもの龍の意匠が施されたフルフェイスの兜に蒼色の王鎧を身に纏った蒼龍がいた。
そこから右手親指にはめたリングに向かって神通力を流す。
しかし上手くいかないようだ。
踏ん張ってみているがなかなか難しいらしい。
そこにヨルが声をかける。
「蒼龍よ。無理に神通力を流そうとするな。技なり術なりを発動させる時と同じ要領で神通力を受け取ってからリングに流すように意識してみよ。」
「技を発動…。」
蒼龍が槍を構える。
技を発動する時を思い浮かべているようだ。
「王化!武王!」
そう叫ぶと右手親指にしたリングにはまる紅色の王玉から紅色の煙が立ちのぼり蒼龍を包み込む。
その煙が右腕に吸い込まれるように消えていくと、右腕に紅色の線が入った王鎧を纏い、その手に燃えるような紅色の槍を持った蒼龍が立っていた。
「うむ?この槍が武王の力か?」
両手に槍を携えた蒼龍が言う。
無事に紅猿の王玉を発動させたらしい。
「蒼龍さんもいけましたね!」
「凄いぞ!蒼龍!」
「ん。凄い。」
「なかなかやるな。」
白狐達も声をかける。
試しに紅色の槍を振るう蒼龍。
すると紅色の槍から紅蓮の炎が吹き出した。紛れもなく武王の力である。
「ほう。二槍使いになったか。」
ヨルもその姿を見て言う。
「二槍使いなんて今までやった事がない。」
蒼龍が呟く。
「まぁそこは訓練あるのみだろう。」
ヨルが言う。
「儂も魔術の訓練が必要そうだしな。暫くここで特訓するのもありだろう。」
「お2人も王化の持続時間が短くなったりしてるんでしょうか?」
緑鳥がもっともな疑問を投げる。
「確かに。その辺りも確認せんといかんな。」
ヨルが答える。
「うむ。それでは明日はここで1日特訓といくか。」
金獅子が言う。
「では帝国軍の皆さんにもその旨伝えないとですね。桃犬さん、お願いします。」
「わかりましただ。」
桃犬がバルバドスに連絡を入れる。
俺達はひとまずはこの呪王形態と武王形態がどれたけ続くか、時間経過を見るのだった。
夜王の王化が解けたのも、龍王の王化が解けたのも大体1時間程度が経過してからだった。
「1時間か。やはり2つの王玉を起動させると王化時間も半分になるようだな。」
ヨルが言う。
「うむ。我も通常は2時間程度は王化していられるから半分と言ったところだな。」
蒼龍も合わせて言う。
「それにしても紅猿さんは棍使いだったのになぜ蒼龍さんは槍になったんでしょうね?」
「そこはあれだろ。最適化された的な。」
「まぁ槍の方が蒼龍には合っているから良いだろう。」
確かに疑問は残るがそう言うものだと認識するしかないだろう。
「では明日はこの地でそれぞれ特訓だな。では今日は寝るとしよう。」
金獅子が纏めて就寝となった。
翌日。朝から肉が食べたいと騒ぐヨルに負けて熊肉のステーキにした。
朝からステーキかよ、と思ったがみんな文句も言わずに黙々と食べている。
確かにクリムゾンベアの肉は言葉を失うくらいに美味かった。
「うむ。朝から元気いっぱいだな。」
「これなら昼も一緒でいいな。」
金獅子と銀狼が言っている。
「私は流石に2食連続は嫌ですね。」
「わたしもお昼は違う物がいいです。」
「ん。」
女性陣は別の物を所望だ。
昼は男性陣向けと女性陣向けとで分ける必要がありそうだ。
そんな朝食を終えて、俺とヨル、蒼龍は昨日の続きとして2つ目の王玉による強化王化の特訓に入る。
金獅子と銀狼は蒼龍の相手をするようだ。
ヨルは1人魔術の訓練をする。
昨日発動させたファイアボールから始まり、ファイアショット、ファイアウォール、ファイアアロー、ファイアバレットと試していく。
次は水系統。ボール、ショット、ウォール、アロー、バレットと試していく。
土系統、風系統、雷系統と試していくが問題なく発動出来ている。
ちなみにボールはそのまま球にして投げる術。ショットはその球を複数の玉にして投げる術。ウォールはそのまま壁を作る術で、アローは球ではなく矢にして放つ為、速度・威力が上がった術となり、バレットはアローよりも大きい弾を放つ術だ。
威力が高くなるにつれて発動にかかる時間も多くなる為、やはり使い勝手がいいのは範囲攻撃で発動までの時間もさほどかからないショットだろう。
今までは接近攻撃しかなかった分、ボールでも遠距離攻撃手段が出来たのは素直に嬉しい。
これが王化しなくても使えたら俺も助かるのだがそう上手くはいかないようだ。
やはり王化して夜王になってからではないと呪王の力は使えなかった。残念。
良かった点としては術の行使は大気中の魔素を使う為、神通力を余計に消費する事はなく、術をいくら行使しても王化持続時間は変わらなかった事だ。
蒼龍の方も紅槍から紅蓮の炎を出そうとして出している訳ではなく、紅槍を振るうと勝手に炎を纏うらしく、槍を振るったからと言って王化時間が短くなっていく事はなかった。
王化が解けてから再度王化するには時間経過が必要な為、今は片手で愛用の槍を扱う訓練をしている。
対して俺達は王化が解けると出来る事がなくなる為、小休憩だ。
その時間を使って俺は昼食の準備をする。
女性陣向けに熊肉のシチューを作ろうと思う。
まずは熊肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギを適当な大きさにカットする。
熊肉には軽く塩を振り、フライパンで焼き色が付くまで炒める。
次に鍋にバターと油を入れてタマネギ、ジャガイモ、ニンジンの順に入れて全体に油が回るまで炒める。
一旦火を止め、薄力粉をまぶして全体に混ぜたら牛乳、水、コンソメの元を入れて煮立たせる。
ジャガイモに火が通るまで煮込んだらフライパンで炒めた熊肉を鍋に入れ、塩、コショウを入れる。
最後にバターと白ワインを入れて味を調えたら完成だ。
1回肉を別で焼いておく事で旨味を閉じ込めてから煮ると言う手の込んだ一品は、なかなかの出来だった。
ただ獣臭さが若干残ってしまった。次は無難に鶏肉で作ろうと思う。
それにしてもコンソメの元を使った人には感謝しかない。
あんなに手間のかかるコンソメスープがすぐに作れるとなれば、売れるのもわかる。
具なんてタマネギだけで十分なオニオンスープになる。なんて素敵な発明なんだろうか。
以前親父にタマネギの皮で出汁を取った物にタマネギのみじん切りを入れた汁をオニオンスープと言われて出された事があったがとても飲めたもんじゃなかった。
その後街でオニオンスープを飲んだ時の衝撃は今でも覚えている。速攻でコンソメの元を買い求めたもんだ。
後日タマネギの皮茶なるものを見かけたが、あのタマネギ汁かと思うと飲む気にはならなかった。
そんな事を考えていたら昼食の時間になったので、みんなで食事にする。
食事の合間に蒼龍に訊ねる。
「どうだ?片手で槍を扱うのには慣れたか?」
「まぁ元々片腕でも槍を扱えるように訓練はしてたからな。でも技手だけで槍を扱うのにはまだ慣れないな。」
あまりに自然過ぎて忘れてしまうが、確かに蒼龍の左前腕は技手だった。
「でもまぁ、今日1日あれば慣れるだろう。それより2本同時に槍を持つのは訓練もしてこなかったからな。王化して限られた時間しか訓練出来ないのが痛いな。」
そこで俺は思い出した。
「紅猿が使ってた棍なら影収納に入れてあったはずだけど。」
「何?あるのか?なら出してくれ。槍とは違うが2本持つにはちょうど良い。」
と言う事で紅猿の棍を出して蒼龍に渡すと、棍を振り感覚を確認する。
「うむ。ちょうど良い長さだ。重さは見た目よりも重いな。ただの木の棍ではなかったのか。まぁでも振れない事もないな。うむ。助かる。」
形見のつもりで影収納に入れていたが思わぬ所で役立った。
午後も蒼龍は金獅子達を相手に訓練を、俺とヨルは魔術の訓練をする事にした。
するとヨルが初見となる魔術を発動させた。
「魔素よ燃えろ、燃えろよ魔素よ。火炎となり給え。ファイア。」
これは目の前に火を灯すだけの魔術のはずである。頭痛と共に頭に入ってきた術式で知っている。
が、ヨルはその炎をナイフに灯らせ燃え上がるナイフとしたのだ。
『何だよ。その魔術。俺の知識にはないぞ?』
「いや。初級魔術のファイアだ。試しにナイフ上で発動させた。燃える刀剣の出来上がりだな。」
なんだよ。天才かよ。
「今まで刀剣使いの魔術師なんぞ、おらんかっただろうからな。試す頭もなかっただろうよ。」
世の中には魔剣と呼ばれる火を噴く剣や氷で出来た刃を持つ剣などが存在するが、魔術で持っている剣に火を灯そうなどと考える魔術師はいなかった。
そりゃ魔術を学んでいる中に剣術まで学ぶ余裕はないから当然だろう。
それを思いつきで実行して見せたのだ。天才的発想である。
「だが使いどころが難しいな。」
ヨルはそう言うが弱点となる属性持ちには強力な武器になるだろう。
魔剣と違ってその時その時で属性を変えられるのが大きい。
『魔術剣、だな。』
「そのままではないか。」
ヨルには指摘されたが魔剣と区別するにはこれしか呼称のしようがない。
ちょっと前に名付けのセンスがあると言われたばかりだが、他に思いつかない。
「魔術剣な。まぁ呼び方はなんでも良いわ。」
そんなこんなで特訓は夜まで続き1日経過したのだった。




