102話 決着
牙王はタコのクラーケンへと向かいクラーケンが繰り出す足の振り下ろしを避けながらも振り下ろされた1本の足に向けて双剣を繰り出す。
「氷結狼々刃!」
左右から切りかかりその足を切断すると、その断面を凍らせる。
断面が凍ったタコ足は再生してこない。
作戦成功だ。
「タコ足は凍らせれば再生しない!俺がどんどん斬って凍らせて行く。皆で本体を叩いてくれ!」
牙王は声を張り上げる。
「よし。作戦通りだな。」
獣王は迫り来るマーマンを斬り伏せながらタコのクラーケンへと向かう。
「良い感じですね。」
マーメイドを斬り殺した破王もタコのクラーケンへと駆け出す。
「ん。」
不死王は迫り来るサハギンを血祭りにあげながらタコのクラーケンへと走り出す。
3本目のタコ足も斬り飛ばし、切断面を凍らせた牙王。
しかし、そこでタコ足が3本、牙王に巻き付こうと迫ってきた。
今までにない攻撃パターンだ。
立った今技を繰り出したばかりの牙王には為す術もない。
と、そこで獣王、破王、不死王がタコのクラーケンへと迫り、牙王に向かってきたタコ足をそれぞれ牙斬り飛ばす。
「待たせたな。銀狼。よくやった。」
「まだ足は5本ある。5本斬ったら次はイカのクラーケンに向かう。」
「5本全部凍らせる必要はあるまい。あと3本、頼む。」
「わかった。」
獣王と牙王は長い間共に戦った経験がある。
僅かな判断の遅れが命取りになる為、団長の命令には疑問を挟まないのが戦場での鉄則だ。
3本でいいと獣王が言うなら3本でいいのだ。
「氷結狼々刃!」
牙王は自身を掴み取ろうと迫ってきたタコ足をさらに1本斬り落とし、その断面を凍らせる。
牙王に向けて迫る残りの足は獣王、破王、不死王によって防がれ、ズタズタに斬り裂かれる。
そのうち2本に向けて牙王は双剣を振るい、断面を凍らせて行く。
これで残るタコ足は2本、避けながら本体を狙える数になった。
「ここは白狐に任せて俺様達はイカのクラーケンに向かうぞ!」
「ん。」
「了解。」
獣王の指示により作業分担された面々は各々のターゲットに向けて駆け出す。
迫り来る2本のタコ足を掻い潜り、破王がタコのクラーケンの本体へと辿り着く。
「抜刀術・飛光一閃!」
高速で振り抜かれた刀により一閃はタコ頭の先端を斬り飛ばす。
まだ脳を斬り損なったようでタコ足で破王を掴み取ろうと迫ってくる。
「抜刀術・閃光二閃!」
抜き放った白刃・白百合を目にもとまらぬ速度で振り上げると迫っていた2本のタコ足が両方共に半ばから切断される。
破王は跳び上がりタコ頭へと近付くと三度刀を振るった。
「抜刀術・発光三閃!」
その剣閃が通ったタコ頭は横4つに斬り刻まれていた。
これでようやくタコのクラーケンは海へと沈んで行ったのであった。
一方、イカのクラーケンへと向かった獣王、牙王、不死王に龍王も合流した。
「む?もうあちらは大丈夫なのか?」
「うむ。数も減ってきたからな。夜王が任せて行ってこいとな。」
「そうか。なら心強い。」
そんな4人に向けてイカ足が高高度から振りおろされる。
1本の足を大剣で受け止めた獣王が言う。
「銀狼よ。頼んだ!」
「任せろ!氷結狼々刃!」
獣王が受け止めたイカ足が半ばから切断され、その断面を氷漬けにされる。
こちらも再生を阻害する事に成功。
「こちらは足が2本多いからな。残り9本はぶった切りたい。」
「おう。」
「ん。」
「了解だ。」
迫り来るイカ足を受け止め、躱し、お返しとばかりに斬り刻み、穿つ。
再生が始まったばかりの足は放置してまだ無事な足を狙って牙王が双剣を振るう。
こちらもタコのクラーケン同様に攻略が続く。
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後方にて緑鳥達の護衛に回っていた紫鬼がタコのクラーケン撃沈を見て駆け出す。
どちらかのクラーケンを倒してから魔将に挑むと決めていた。
戦いがどれだけの時間がかかるか分からない今は王化せず、ギリギリまで近付く事になっていた。
そんな紫鬼にマーマンの三叉の槍が迫る。
そこに割って入ったのはヨルだった。
黒刃・右月で槍を受け流しつつ、黒刃・左月でその首元を掻き切る。
「ヨル。どうして?」
ヨルがここにいることを疑問に思ったのか紫鬼が問う。
「緑鳥達は?」
「わたし達もここにいますよ。」
「緑鳥?」
そう。ヨルの後ろには緑鳥達も付いてきていた。後方を桃犬による魔術でカバーしつつ、向かってくる人魚達をヨルが制する。
「お前が王化をギリギリまで温存する為にも近くに行った方がいいと緑鳥が言うてな。」
「そうか。助かる。」
走りながらの会話だ。
戦場に慣れていないワンリンチャンとシュウカイワンは必死の形相でなんとか緑鳥の横に並んでいる。
「ファイア!ウィンド!」
シュウカイワンは火を手のひらに灯し、それを風で敵に送り出すと言う複合魔法を使ってサハギンに火炎放射している。
対する緑鳥はまだ涼しい顔だ。戦場にはもう慣れたらしい。体力も問題ないらしい。
後方を睨みながら走る桃犬はやや遅れ気味だがきちんと付いてきていた。
「魔素よ集まれ、集まれ魔素よ。岩石の力へとその姿を変えよ。魔素よ固まれ、固まれ魔素よ。我が目前の敵達に数多の石礫となりて打倒し給え!ストーンショット!!」
その呪文の詠唱が終わると数十の石礫がサハギンやマーマン達に降り注ぐ。
暫くは人魚達の迫り来る中を走ったが、遂に魔将との間に敵影がなくなった。
「行ってこい紫鬼よ!」
「おぅ!」
魔将に向けて一直線に走る紫鬼を見送り、ヨルと緑鳥達は人魚達の相手を続ける。
ここまで来れば緑鳥の聖術の範囲内に全員が入った状態だ。
なにかあってもフォロー出来る。
ヨルの視線を通して魔将へと向かう紫鬼を見送った。
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走る紫鬼は魔将、八足の八戸まであと5m程度の場所まで来ると声を上げた。
「王化!鬼王!絶鬼!」
すると右手のバングルにはまる赤い王玉からは赤紫色の煙が、左足のアンクレットにはまる青い王玉からは青紫色の煙が吹き出し、混ざり合って紫の煙となって紫鬼の体を包み込む。
その煙は体に吸い込まれるように晴れていき、残ったのは3本の角が目立つ鬼の意匠がされたフルフェイスの兜に真紫の全身鎧を着けた鬼王が立っていた。
「貴様だけは許さんぞ!」
「あら。アータ昨日のこの娘の男ね。見た目が変わったけど、何かあったのかしら?まぁアタシには関係ないけどね!」
2m越えの鬼王をしてもその身長差は2m程はありそうだ。
そんな高所から四叉の槍が繰り出される。
紙一重で避ける鬼王に向かって八足の八戸の蛸足が迫ってきた。
絡め捕ろうとする蛸足を殴りつけ出来た隙間を縫うように回避する鬼王。
「あら。アータ素手でアタシに挑もうって言うの?舐められたものね。」
再び四叉の槍が頭上から襲い来る。
鬼王は横に身を投げ前転して避ける。
その先でも蛸足が襲い来る。
左右を蛸足に阻まれた状態で頭上から槍が迫る。
鬼王は迫り来る槍を右手で掴み取り、右下に大きく引く。
そのあまりの力に前のめりになりたたらを踏んで踏ん張る八足の八戸。
その動作により左右から迫る蛸足も動きが止まる。
その隙をつくように顔面に向けて左の拳を突き出す鬼王。
しかしその拳は首を捻った事により避けられる。
それに構わず槍を手放して右手のアッパーを繰り出す鬼王。
「ふんっ!」
この拳は見事に八足の八戸の顎先にヒットし、その首をを上へと向かせる事に成功。
そのまま引き戻した左のストレートを叩き込む。
「おりゃぁぁぁあ!」
「グフッ!」
左ストレートを受けた八足の八戸は軽く後退させられる。
「アータやるわねぇ。」
しかし後退した位置から4本の蛸足が鬼王へと迫る左右正面上方から迫りくる蛸足。
軽く後ろに下がる事で左右上方からの蛸足を避けるが、正面からの蛸足はそのまま伸びて鬼王を襲う。
鬼王はスッと右手を突き出して呟く。
「鬼火・蕾。」
5cm程の紫の炎が発生。すると鬼王の正面に迫っていた蛸足へ向かい、盛大に燃え上がらせる。
その炎は紫色をしており、普通の炎とは異なり、その体表が水に濡れている蛸足すらも燃やし尽くす。
「ギャー熱い!」
咄嗟の事に突き出していた槍を引っ込めながら八足の八戸が後方に下がる。
燃やされた蛸足は再生しようと肉が盛り上がるもすぐに紫色の炎に包まれて炭化してしまい再生を阻害される。
「何この火は?!消えないんですけど!」
八足の八戸は小島の端に移動して燃え上がる蛸足を海水につける。
そうしてやっと紫色の炎は消えた。
「おかしな術使うじゃないのさ。いいわ。アタシも本気で行くわよ!」
蛸足をすぼめ力を蓄えるとその強靱なバネを使って上空へと跳ぶ八足の八戸。
「串刺しにしてくれるわ!」
四叉の槍を下方に向けて降下してくる八足の八戸に向かって、鬼王は再度右手を突き出して呟く。
「鬼火・開花。」
20cm程度の紫の炎の玉が右手の前に生まれる。
そして降下してくる八足の八戸に向かって飛んでいく。
「危ないわね!」
咄嗟に身をひねり顔面へと火の玉が当たる事を避けた八足の八戸だったが、避けきれず2本の蛸足に着火する。
「ギィヤァァァァア!」
2本の足の根元付近に着弾した紫の炎は、その足を燃やし尽くす。
根元から炭化して崩れゆく2本の足。
こちらも再生しようと肉が盛り上がってはくるのだが、その度に紫の炎に焼かれ再生する間もない。
地上に降り立った八足の八戸の2本の根元からはまだ紫の炎が燃え上がっている。
「イヤァァァア!熱い!」
海水に身を投げる八足の八戸。
流石に水の中では紫の炎も燃え続ける事は出来ないようだ。
顔だけ海水から出した八足の八戸が言う。
「なんなの?!さっきから!普通の炎じゃないわね?なんなの!?」
その表情からは当初の余裕は失われていた。
「でも水の中にいれば安全なようね。流石に水まで燃やすことは出来ないみたいだし。」
そんな八足の八戸の言葉を遮るように鬼王は呟く。
「鬼火・大輪。」
すると突き出された鬼王の右手の先に100cm程の紫の大火球が生まれる。
「嘘でしょ。アタシ、水の中よ。」
その大火球が八足の八戸へと迫る。
海水も大火球が近付くとそのあまりの高温に蒸発しつつも、沸き立った。
「…?!」
熱湯に晒された八足の八戸。何も言えずに海水から飛び出し小島の中央に降り立つ。
「熱い…熱い!なんなのよ!ホントに!」
海水に浸かった事で再生が可能になった八本の蛸足でもって強く地面を蹴り四叉の槍を突き出してくる八足の八戸。
そんな八足の八戸に対して両手を突き出して鬼王が叫ぶ。
「鬼火・満開!」
手の平の前には200cmもの超巨大な紫の火球が生まれる。
そして、次の瞬間10cm程度の火炎弾に分かれて次々と、八足の八戸へと迫る。
「う…ウワァァァァァア!」
20の火炎弾は全て八足の八戸へと命中し、その全身を焼く。
ボロボロと炭化して崩れゆく体に、叫んだ表情のまま紫の炎に包まれる八足の八戸。
腕も蛸足同様に再生しようと肉が盛り上がるも消えることのない紫の炎に再生する度に炭化して崩れていく。
やがて八足の八戸だった物は完全に炭化して崩れ去り、海風に吹かれて宙を舞った。
ちょうどそのタイミングで鬼王の王化が解ける。
終始押していた鬼王だったが、時間的にも神通力の総量的にもギリギリの戦いだったのだ。
こうして鬼王は魔将・八足の八戸を破り、見事に灰虎の仇討ちに成功したのだった。




