100話 修行
1人皆と離れた場所で2つ王玉の同時起動を試みる紫鬼。
「うぉぉぉぉぉお!」
紫鬼は気合いの咆哮を上げつつ神通力を右手にしたバングルにはまる赤い王玉と、左足につけたアンクレットにはまる青い王玉に同時に込めるように制御する。
「王化!」
しかし、王化した際には2本角が目立つ赤紫色の王鎧か、1本角が目立つ青紫の王鎧になってしまう。
目指すは赤と青が完璧に混ざり合った真紫の王鎧だ。
「王化、解除。」
もう何度繰り返したかわからないほど王化を続けている紫鬼。
半分ずつ王玉に神通力を込めているつもりだがどうしても片方に寄ってしまうようだ。
「むぅ。半分にしてるつもりなのだがな。」
1人呟きもう一度気合いの咆哮を上げる。
「うぉぉぉぉぉお!王化!」
また赤紫色の煙に巻かれ、2本角が特徴的な赤紫色の王鎧になってしまう。
「何かが足りんな。」
独り言ちる紫鬼。
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その様子を遠目から見ていた白狐が気付く。
「紫鬼さんていつも王化の後に剛鬼とか斬鬼とか言ってますよね?」
「え?あぁ言ってたな。あれで意識的にどっちの王玉に神通力を通すか決めてたんじゃないかな?トリガー的な。」
俺も思った事を言う。
「さっきから王化としかいってないんですよね。」
「む?確かにそうだな。軽い違和感はそこか。」
金獅子も話に加わる。
「何か2つの王玉を同時に起動するようなトリガーとなる名前を考えましょう。」
その提案に皆で話し込む。
「神の鬼で神鬼とかは?」
「神を名乗るのはダメでしょう。」
銀狼の提案を白狐がバッサリ切り捨てた。
「壁を乗り越えた鬼って事で超越鬼はどうだ?」
「なんか長いですよね。ごうき、ざんきみたいに3文字がいいですよね。」
金獅子の提案も切り捨てる。
「ん。超鬼は?」
「んー惜しい感じはしますがしっくりこないですね。」
黄豹の意見も却下する。
「真の鬼で真鬼は如何です?」
「んーいい感じ。でも斬鬼と一文字違いだから混同するかも。」
緑鳥の意見も却下する白狐。
「そう言う白狐は何か案はないのか?」
銀狼に振られて困惑する白狐。
「いやー、私も考えてはいるんですが、ピンと来るものがなくて。」
「絶対なる鬼で絶鬼って、どうだ?」
俺は思いついた事を口にしてみる。
「ぜっき。絶対なる鬼。絶鬼。いいかもしれませんね。」
「おぉ。黒猫は命名のセンスもあるのか。」
銀狼に褒められた。
「料理以外にもセンスがあったんだな。」
金獅子空は微妙な褒め言葉だ。
料理以外にも出来ることはあるわい。暗殺とか、住居侵入とか。まぁ確かに微妙な特技だな。
「ん。絶鬼。格好いい。」
黄豹も高評価をくれた。
「じゃあ、絶鬼でどうかって紫鬼さんに伝えてきますね。」
そう言うと白狐は紫鬼の方へと駆けていった。
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今度は斬鬼形態になっていた紫鬼が王化を解除したタイミングで白狐が話しかける。
「紫鬼さん、いつも紫鬼さんは王化する時に剛鬼とか斬鬼とか後ろに付けてるじゃないですか?あれと同じで両方に神通力流すときのトリガーとなる名前を考えたんですよ。絶対なる鬼で絶鬼ってどうですか?」
「ん?確かに名前を付ける事でどちらに神通力を流すか意識的に切り分けていたかもな。絶鬼か。よし。やってみよう。」
そう言うと気合いを込めて叫ぶ。
「はぁぁぁぁあ!王化!絶鬼!」
紫鬼がそう言うと右手にしたバングルにはまる赤い王玉から赤紫色の煙が、左足につけたアンクレットにはまる青い王玉からは青紫色の煙が立ちのぼり紫鬼を包み込むと赤紫色と青紫色が混ざり合って紫色の煙となって紫鬼の体に吸い込まれていった。
煙が晴れた後に残ったのは3本角が特徴的な鬼の意匠が目立つフルフェイスの兜に紫色の全身鎧、王鎧を纏った紫鬼が立っていた。
「む?紫色の王鎧だ。成功したのか?」
紫鬼はまだ自身の変化に気付いていないようだった。
「なってますよ。成ってますよ絶鬼に。角が3本ありますし、王鎧も紫色ですよ!」
興奮したように白狐が言う。
「む。剛鬼形態のような漲る膂力の向上も、斬鬼形態の時のような体の軽さもない。」
「それってどう言う事ですか?」
白狐が疑問を唱える。
「うむ。まるで王化してない時と変わらんのじゃ。王化した際に感じる力の向上、速度の向上に繋がる体の軽さなどがない。」
「え?じゃあ王化してない状態と一緒って事ですか?でもさっきから溢れる妖気をバシバシ感じますけど?」
「ふむ。あ。いや。身体的には変化はないが確かに妖気が漲っているな。」
「妖気が上がったって事じゃないですか?ほら鬼火って言う妖術を使う為に。」
首を傾げる紫鬼。
「どうやって妖術は発動するのだ?ワシは今まで妖術を使った事がないんじゃが。」
「妖術の使い方ですか。私も人化してからはめっきり使わなくなりましたからね。…そうだ。ヨルさんに聞いてみましょう。影収納とか、影縫いとか妖術使ってますし。」
そう言って紫鬼を伴い黒猫達の元へと戻ってくる白狐。
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『なるほど。感覚的には倍以上の妖気の膨れ上がりを感じるな。しかし妖術の使い方か。まさか妖気持ちが妖術の使い方を知らんとはな。』
ヨルが俺の外套のフードから出てきて言う。
『白狐もまさか人化して妖術の使い方を忘れとるとはな。情けない。』
「うぅ。面目ないです。」
『まぁいい。付き合ってやるさ。』
そう言って器用に紫鬼の肩に乗るヨル。
『いいか紫鬼よ。妖術はイメージが重要だ。結果をイメージしろ。儂の影収納が影の中に物が仕舞えるように、お前の言う鬼火を想像しろ。』
「イメージ…。想像…。」
繰り返して言う紫鬼。
『そうだ。想像しろ。イメージしろ。1700度を超える高温を放つ紫の炎を。』
「イメージ…。高温な炎…。想像…。…難しいな。」
そこで俺は声をかける。
「なぁ。実際見た方がイメージしやすいんじゃないかな?魔道コンロの火が放出口に近いほど高温で青の炎、離れるほど低温になって赤くなるんだけど。」
「なるほど。実際に見てみるか。クロよ。魔道コンロを出してくれ。」
「わかった。」
俺は影収納から一口の魔道コンロを出してやる。
「いいか。見てろよ。」
そう言って俺は点火する。
魔道コンロから火が上がる。
放出口近くは青く、離れるにつれて段々と赤くなっていく炎をジッと見つめる紫鬼。
「触ってもいいか?」
「いいけど熱いぞ?王鎧越しでも火傷するかもしれないぞ。」
「構わん。」
そう言って右手のひらを炎に近付ける紫鬼。
まずは赤い炎に手を当て、しばらくしてから青い炎に手をかざす。
「確かに青い炎の方が熱いな。王鎧越しでも焼ける様に熱いわ。」
そう言って手を火から離す紫鬼。それからジッと炎を見つめる。
時折、思い出したかのように手をかざして炎の温度を確かめる。しばらくはそうしていただろう。
「ありがとうクロよ。もう大丈夫だ。イメージは出来た。」
俺は火を消して魔道コンロを影収納にしまう。
「見てろよ。これが儂の鬼火じゃ!」
紫鬼が右手を前に突き出して言う。
「鬼火!」
不発である。まだイメージが足りないらしい。
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ。」
右手を顔面を覆うように顔の前に持ってきて、祈るかのように呻る紫鬼。やがてその手を前に突き出して叫ぶ。
「鬼火!」
叫ぶ紫鬼の右手のひらの前に3cm程度の小さい紫の炎が浮かぶ。
『なんだ。随分小さい炎だな。』
「そうだな。まだ蕾って感じだ。だからここから開花させる。」
そう言って左手も添えて叫ぶ。
「鬼火!開花!」
そう言うなり手の前に浮かぶ紫の炎が巨大化し、15cm程度になる。
「これが儂の対象を燃やし尽くすまで消えぬ炎よ。」
そう言って紫鬼は近くにあった岩に向けて鬼火を放出する。
すると岩が燃え上がる。紫の炎に包まれる。
やがて岩はその形を失いガラス繊維となる。
砂が燃えてガラスになるには1700度以上の加熱が必要だ。つまり紫鬼の鬼火は1700度以上という事になる。
鬼火の完成である。
しかしそうこうしているうちに紫鬼の王化が解けてしまった。
「むぅ。絶鬼形態を維持出来るのは30分程度か。」
「30分となると魔将と対峙する時だけに限った方がいいですね。」
「うむ。何にせよ魔将に対する技が増えた訳だな。」
金獅子が纏める。
再度紫鬼が王化するには数時間空けなければならない。
まだ鬼火の使い方を完全にものにするには時間が必要だろう。
俺達は一晩ここで過ごす事にした。
バルバドスにも水晶経由でその事は伝えており、翌朝向こうの魔術師達が集まり次第、こちらに合流させる話になった。
明日は再戦だ。今晩はグリフォンの肉を焼いて夕食とした。
夜になっても紫鬼は1人で鬼火の訓練をしており、寝ずの番をすると言い出した。
たが流石に戦いの前に不眠で挑むのはリスクが高いとして、俺が途中代わりの見張り番に立つことにした。
とは言ってもこの乾いた土地周辺には夜間に襲ってくるような外敵はいないことはこれまでの経験でわかっていたから気軽なものだ。
その日は全員が灰虎の仇討ちを胸に抱きながら就寝したのであった。




