死の約束
移動教室の合間のちょっとした会話だった。
「怖い花言葉ってあるでしょ?」
「ああ、それならキスツス・アルビドゥスの花なんてどう?」
「なにそれ、噛みそう。どういう花言葉?」
「私は明日死ぬだろう」
白那はそう言って、にこっと笑った。一目で細いとわかる繊細な黒髪が、肩口で綺麗に切りそろえられて、天使の輪ができている。私と同じ髪型と恰好なのに、彼女だけ輝いているみたい。この空間で彼女の存在だけ浮かびあがってみえる。彼女が纏うのはいつだって特別感。
「こわあ」
「でも、この花言葉ってどこから来たんだろうね? 死地に赴く兵士が、恋人にこういう花を贈ったのかな? なんだか映画のワンシーンみたい」
白那はそういう知的なことをさらりと言ってのける少女だった。白那と出会ったのは、今年の春、高校にあがってからのことなので、彼女の知識の背景がどのようになっているのかを私は知らない。
彼女の知っていることは全部知りたい。
私はその日学校から帰ってきて、夜に父親のパソコンを借りて、その花を調べてみた。和名ではゴジアオイというらしい。正午に咲いて、すぐに萎れるから。ウェブに掲載されているその花の写真は、だいたいがポルトガルで撮影したもので、日本では珍しい花のようだ。
白那とのやり取りを綴っているノートに、花の名前をメモした。
ノートには他に、殺害のアイディアもメモしてあった。
高校卒業までに、白那をこの手で殺すつもりだった。あんな天使みたいな子、きっと死体になったら、とってもかわいい。私は死んだ体というものが好きだった。むかしから蝶や鳥の死骸に惹かれた。きっと、死んでくれたら人間だって愛せる。
なんとかしてキスツス・アルビドゥスの花を用意しようと考えた。その花に埋もれて仮死状態になった白那は、さぞやうつくしいだろう。「私は明日死ぬだろう」の花言葉の余韻。二人だけしか知らない会話をキーにしているところもポイントが高い。
わくわくしながら眠りについた。
「ねえ、キスツス・アルビドゥス、取り寄せたの。うちに見に来る?」
白那はそう言って、私を自宅へと誘った。テスト期間なので午前中だけで学校が終わる日のことだった。
白那の自宅はマンションで、室内は綺麗に片づけられており、ベランダには防風幕と表現すべきものが設置され、さまざまな植物が置いてあった。
「お父さんがね、いろんな植物を調べる仕事をしているの」
目当ての花はちょうど咲いていた。小さな紫色の花だ。
静かに鑑賞しようとしゃがみこんだ私の前で、白那はその花を手折った。
「え?」
「この花は、小夜に似合う」
白那は極上の笑顔を浮かべながら、私の髪の毛にその花を挿した。
もう一輪手折り、白那は今度は自分の髪に挿す。
「じつは小夜の隠してたノート、見ちゃったんだよね。小夜が私のこと想ってくれたことが嬉しい。でも私はわがままだから、ひとりでは逝けない。いっしょに逝こう?」
異常ともいえる思考を持つ私を嫌悪や軽蔑するのではなく、白那は理解してくれた。そのとき、私の胸に訪れた幸福感は、十六年の人生で味わったことのないものだった。
「うん、白那といっしょに、永遠になりたい」
暗いマンションの部屋で、私たちは抱擁した。
私は明日、死ぬだろう。