【ダブル】
「勝者、カズハ様!!」
紅が無防備に私の初撃を受けると言ったから、ダッシュしてからの腹に正拳突きを一発入れただけで、ダウンしてしまったわけで……
「ちょっと……待ち……なさい」
紅はヨロヨロとしながらも、何とか立ち上がった。戦闘を続けても、サンドバッグ状態になるだけだと思うんだけど?
「だ……騙したわね。僧侶の服装をしておいて……実は【拳士】だったんでしょ。さっきの攻撃は……異常なんだから」
「えっ〜と……僧侶である事は間違いないから」
勘違いするのも仕方ないけど、空手をやってた事を教える必要もないでしょ。
「カズハ様の言う通り、彼女の職業は【僧侶】ですね。転職したわけでもありません。勿論、チート能力でもないですからね。普通にそんな動きが出来るだけかと」
「ふ……ふざけないで。そんなの認めない。もう一度やり直しを……今度は本気でやるから」
紅は負けた事に納得してないみたいだけど、それは自業自得なのでは?
「う〜ん……【模擬戦】の時間は残ってますが、状態が状態なだけに……カズハ様がトドメを刺さなかっただけ良かったと思いますよ。ちなみに職業によって変わりますが、アイテムの使用は基本なしですから」
「うっ……それでも私は」
「カズハ殿!! 紅に【ヒール】をしてやってくれないか? そして、もう一度勝負を。紅が悪いのは分かってるが、実力を全く出せずに終わるのは可哀想だ。勿論、お詫びにレアアイテム一つを渡すから」
レアアイテム!! 千城院さんに渡すレアアイテムが増えるのは嬉しい。ランキング二位のブラックがくれる物だから、絶対良い物のはず。けど、受け取るためには【フレンド】にならないと駄目なわけで……そんなつもりはないんだけど……
「レアアイテムを受け取るにしても、ブラックと【フレンド】になるつもりは……」
「でしたら、私がブラック様から受け取り、カズハ様に渡しましょうか? 今回は特別ですよ。ブラック様がそこまで言うのであれば、紅様の実力をちゃんと見てみたいですし」
そこはブラックが親バカだけなのかもしれないけど、紅を助けるような雰囲気になってるし……
「はぁ……仕方がないな。ブラックもレアアイテムの事を忘れないでよ」
私は渋々、少し離れた場所から紅に【ヒール】を唱えた。次に【ヒール】を使うまでに時間が必要になるわけなんだけど、そこは仕方ない。
「……感謝なんかしないからね」
「いやいや……そこは感謝はしなさいよ」
体力を回復しただけじゃなく、再戦も応じたわけなんだから、そこは頭を下げるべきでしょ。
「その分、アンタを……カズハに痛い目を見せてあげるから。卑怯だなんて言わないでよね。【ダブル】発動!! 【アーツ】の発動時間はさっきので稼がせて貰ったから」
【ダブル】発動の声と共に、紅の姿が二重にブレたように見えるんだけど……本気を出すためとはいえ、それが助けた側にする事じゃないよね?
「【ダブル】は残像が時間差で私と同じ行動する。残像とはいえ、攻撃に伴う衝撃を相手へ同じように与えるから」
「それは教えるんだ?」
「教えたところで、どうしようもないからね。行くわよ!!」
紅は低姿勢で突っ込んできた。その動きがブレて見えるのは【ダブル】の残像が後ろにいるからなんだろうね。
今回は紅が私に攻撃する番なの? スピードがそこまでないから、反撃出来そうな感じはするんだけど……様子を見るべきなのかな?
まずは私の足を狙っての双剣による薙ぎ払い……のような構えは餌で、顎を狙っての右脚での蹴り上げながらのバク宙。
私は視るのには自身があるから、紅の足の動きによる予想で回避。ここで反撃しようものなら、【ダブル】による攻撃を受ける事になるわけね。
しかも、バク宙で背中が無防備になったと思ったら、ちゃんと双剣で守ってるあたりがちゃんとしている。
そこから、紅は横に回転しながらの蹴り……だけじゃなく、その直後に下から双剣による斬り上げ+側転蹴り。その一連の行動が水のように流れていき、再度距離が取られた。
体の柔軟さに、トリッキーな動き。双剣が防御よりで、攻撃の主体は蹴り。
「……紅の事を舐めてたわ。戦うのが滅茶苦茶楽しいんだけど……何か習ってたりしたわけ?」
紅の連撃に心が踊ったのは本当。こんな気持ちは空手の試合ぶりかも。異種格闘技戦みたいなのに憧れてた事もあったんだよね。