拳で語り合う
「……はっ!? あれが【アーツ】じゃなくて、素でやってるわけ。どんな運動神経……戦闘のポテンシャルが高いのよ……って、まさかだけど、カズハがその技を知ってたって事は」
紅も気付いたみたい。私が知ってるという事は空手関係に該当する。そして、【天使の微笑み】を手にするためとはいえ、アキンドーから受けた質問。
『十星亜朱と戦った事はあるか?』
これは十星亜朱が【ユニユニ】をやってる事を匂わせる言葉だったけど、それに関係するかも。阿修羅=十星亜朱の可能性……
「……まだ分からない。私が知ってたみたいに、空手界では有名になった技だから。【ユニユニ】の中でなら、別の誰かでも使えるかもしれない」
私自身、紅にそう言いながらも、阿修羅が十星亜朱だと思えてきてる。阿修羅は難易度Sを選んだのも、一度でも十星亜朱に勝利した事がある私がいるから……なんて思うのは自惚れ過ぎかな?
十星亜朱は強さを求めてる。私以外にもマンの事や【災厄の獣】との遭遇率をアキンドーから聞いてる可能性もある。
「【顎門】は意表を付く技で、その姿に一瞬体が止まってしまう。防御よりも回避。それも後ろや横じゃなく、前進する事。体をぶつければ態勢を崩して、カウンターを狙えたりもするから」
十星との試合で成功させた事はあるけど、それが出来たのは私一人。自分でもいうのもなんだけど、簡単に出来る事じゃない。
「……ここは私だけで行く。阿修羅が十星さんだったら、その方がいい。二人で行くよりも相手の動きが分かると思うから」
こっちはブランクがあり、職業も【僧侶】ともあって、不利なのは分かってる。ランキング三位ともあって、戦闘経験もあっちの方が圧倒的だと思う。
けど、阿修羅の動きが空手主体だったら、体がそれに合わせて動いてくれるはず。足の怪我の事も考えなくていい。目の良さも健在なんだから。
「……仕方ないわね。ここは譲ってあげるわよ。けど、危ないと分かったら、すぐに助けに行くから。この後にイベントもあるんだから」
紅は私と阿修羅の一対一になるのを許してくれて、四壱の方へと後退した。もしかしたら、紅は阿修羅が十星である可能性がある事を伝えるつもりで、邪魔をしないように言ってくれるのかもしれない。
阿修羅も四壱や紅が離れた事で追い掛ける事はなく、逆にその場に止まり、私に対して挑発するように手招きをしてくる。
そして、私が一歩踏み出したと分かると、阿修羅は構えを取った。それは空手の試合で何度も見た、十星亜朱オリジナルの構え。
ここで阿修羅に向かって、十星亜朱であるかは問わない。拳で語るしかない。その方がお互いに一番分かる気がする。