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ストライクの罠

作者: 山木 拓

 乾いた音と共に、全てのピンが倒れた。私は誰にも聞こえないように一人呟いた。

「バカめ…」

 彼はストライクを取り大いに喜んでいる。確かにボウリングというゲームでの勝利に近づいているので、当然といえば当然だ。しかし彼は気づいていない、そこに潜むの罠に。


 あらゆる可能性を考慮しても、やはり『ストライク』は最高難易度ではない。ストライクは一番前のピンの左右どちらに当たってもいいが、例えば右端の1ピン残しなら左側〜正面の間からしかぶつけられない。右側から当てようとすればたちまち溝に落ちるだろう。そして、人間は簡単な課題を簡単にクリアするのは楽しいかもしれないが、難しい課題で様々なピンチを跳ね除けて達成しても喜びを感じられる。その喜びは難しいほど大きい。これら二つの理屈が合わさるとどうなるか。『ストライク』よりも『1ピン残し』のほうが嬉しいわけだ。ならばあえて1ピン残し、それを倒した方がより達成感を味わい、より楽しめる筈である。その事実に気づいていないとすると、彼はなんとも客観的視点がぼやけている人間となってしまう。


 さらに彼は次のターン、無駄なプレッシャーにさらされる羽目になるだろう。例えばストライクを取った後に1ピンしか倒せなかったりすれば、倍にしても加点は2点にしかならない。最大20点を狙えた次の加点がたったの2点になる。その差18点分の機会損失。しかし直前でストライクを取らなければ元々10点が最大値のため1ピンしか倒せなくても機会損失は9点。よってその差分、自分への期待感により無駄なプレッシャーが発生する。これに耐えられないのであれば安易にストライクを狙ってはいけない。


 そしてこれこそが彼の最大の失敗なのだが、ストライクを取るとその時点でそのターンは終わるので、球を投げられる回数が減る。これは難課題を乗り越えた喜びや、次のターンのプレッシャーのような内面・心情に左右されるものではない。揺るぎのない数字に現れる現実なのだ。つまり何が言いたいかというと、球を投げる回数が減ってしまえば、同じ料金を払った際の一投あたりの単価が上がってしまう。彼はただでさえこのインフレの時代にわざわざストライクを取ってさらにインフレに付き合っているのだ。同じことを同じように楽しむのであれば、より安い料金の方が良いのではないだろうか。

 もっと言えば、投げる回数が減るとボウリングの終了は早まる。もし時間を潰したいのであればそれは潰せる時間が短くなるし、趣味として楽しんでいるならばその楽しい時間が減ってしまう。先ほどと同じ理屈を唱えるのだが、同じ料金を払うのであれば長い時間楽しめるようにした方が良い。

 というわけで、ストライクとは、その度に損失を被ってしまうものなのだ。ストライクとは、積極的に取るべきではないのだ。


 先ほどから彼はストライクをバンバンと連発している。早く帰りたいのだろうか。私はため息をつきながら8ポンドのボールを華奢な腕で持ち上げた。

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