五話 しぶとさのシャーリー
武装解除した兵を拘束し、完全に敵戦力を無力化したところで、オーシェンは首を包んだ風呂敷をプラプラと振り、周りをきょろきょろと見渡す。
「おい! この中で一番の力自慢は誰だ?」
「はっ! 私です!」
オーシェンの前に一人の歩兵が跪く。確かに他の兵士より明らかに体が大きく、腕周りも太い。陳腐な言い方だが、丸太のようであった。オーシェンは納得した。
「この包みを城内まで投げ入れてくれないか」
「かしこまりました! ……でりゃああああああああ!!」
その歩兵はハンマー投げの要領でバドルの首を飛ばす。高く投げ飛ばされたそれは放物線を描き、余裕を持って城内へと落下した。
それから一分もしないうちに城内からは阿鼻叫喚の悲痛な叫び声がこだましてくる。それは効いている側すらも気が滅入るほどであった。
「そして、一番の大声自慢は、……まぁ僕だろうな」
オーシェンは息を二三度吸って吐き、音の大砲を炸裂させるように咆吼する。
「魔王軍兵士たちに告ぐ! 君たちの大将はもう死んだ! 命だけは助けてやるから、今すぐに出てこい! 出なければ殺す!」
空気がビリビリと震え、オーシェンの声が城内に反響する。
この城の守備隊長、バドルはゴブリンでありながらも兵士としての矜持を持ち、冷静な眼を持って戦場を駆け抜けてきた武人であった。部下からの信頼も厚い。そのためであろう、バドルの死が明らかにされ、残されたわずかな守備兵たちの戦意は徹底的に粉砕された。
数分も待たないうちに、城からは白旗を掲げた兵士達が出てくる。城から出る途中に見える様々な防衛の機能が滑稽にすら見えた。オーシェンは最後までだまし討ちを疑っていたが、彼らの従順な態度からそれは杞憂であることを理解した。
「オーシェン様ぁ! 助けてきてくれたんですね!」
シャーリーは馬から飛び降り、そして、そのまま彼の目の前でへたり込んだ。
「貴重な兵士を失うのは避けたかっただけさ。それに君が死んで王に小言を言われるのが嫌だったからな」
「も~! そんなこと言って、結局来てくれたじゃないですか! このこの!」
シャーリーは背伸びをしてオーシェンの頬をこねくり回す。さすがに冷淡ぶっていたオーシェンも堪え
きれず、拳骨をしてやめさせた。
「痛った!」
「別に、君がどうなろうと興味はない!」
「……あっ、どうですか!これでもう村に火を着けるなんて言いませんよね!」
「……あぁ、あれは嘘だよ」
オーシェンはそういえばそんなことも言ったか、と思い出したように口に出した。
「へ? 嘘、ですか?」
「君が独断行動を取るたように仕向けるための方便みたいなもんさ。魔王軍の奴らも近頃は考える頭を持つようになってきたからね。君みたいな素人でもなきゃ油断して攻めてきてくれない、そう踏んだ訳だ」
でも、まさか陣幕から出てすぐに行くとは思わなかったからのんびりお茶していた。そのことは悟られないようにオーシェンは涼しい顔で話す。
「じゃあ、元々村を焼いて暴虐の限りを尽くすことはなかった、ってコトですか?」
「フン、自国民にそんなことをする訳ないだろう。爵位没収されるぞ」
「た、確かに」
「それに、村を燃やしたところで領主でもない守備兵達が来るわけないじゃないか。何の意味も無いだろう」
そうは言っているがあの時は本当にやりそうな雰囲気だったではないか、そもそも自分が万が一その作戦に同調したらどうするつもりだったのか、問いただしたいことが頭の中に浮かんでくるが、シャーリーはついぞ言葉に出せなかった。
天才指揮官の考えることに口を出しても仕方が無いのかもしれない。
「しかし、それなりに戦闘も長かっただろうに良くも皆生還できたもんだ。半分は死ぬと思ったが……、君、中々しぶといじゃないか。」
「えへへ……、ちょっと、疲れましたけどね」
疲れた、この激戦をたったそれだけで済ませてしまう彼女に、オーシェンは呆れ半分感心半分
の心持ちだった。常識的に言って、十倍の敵戦力に包囲されてまともに戦おうとはならない。
正常な人間の精神があればすぐに戦意を喪失し降伏するだろう。しかし、戦いにおいて常識や正
常さは時として厄介な枷になる。その枷をもたない彼女は、納得いかないところもあるが逸材で
あることに間違いないだろう。
シャーリーが軍にいてくれれば、厳しい状況でも部隊は戦意を失わずに戦い続けられるはずだ。
「なぁ。城も奪還したし、もうここには用はないが……、君はその後どうするんだ?」
「帰った後ですか? どうでしょうね。騎士として戦場には出たいんですけど、父の軍には入れてもらえないでしょうし……」
「そうかい。ならうちの軍に入らないか? 給料は出すから」
「いいんですか!? お願いします!」
シャーリーは満面の笑顔で返事をする。
「何だ、てっきり渋ると思っていたんだけどな。君は僕の戦術が嫌いなんじゃないのか?」
「はい! わたし、オーシェン様の戦術は卑怯な感じだし、騎士っぽくないので好きじゃありません! 騎兵突撃もしないし!」
シャーリーは言葉を続ける。
「でも、その戦術を使うオーシェン様はとっても優しくて、まぁ結構イヤミで性格悪いところもありますけど、兵士の皆さんからも信頼されてて……、わたし、貴方のことが好きです! だから一緒に戦いたいんです!」
「……ハッ、買いかぶりすぎだよ。だが、これからよろしく頼むよ。シャ―リー。君を『新時代の騎士』にしてあげようじゃないか」
「望むところですよ!」
二人は信頼を込めて、強く手を握り合う。泥にまみれた手と手を通して、熱く胎動するエネルギーを感じ合った。
「それと、もうひとつ『挨拶』が残っていたよ」
「挨拶、それってなんでげぇえ!?」
シャーリーが話し終わる間もなく、オーシェンは彼女の顔を平手打ちした。シャーリーは訳も分からないまま噴き出した鼻血を手で拭う。それでも手からあふれる血が止まらない。血が男のオーシェンが全力で平手打ちをしたのだ、血が出るのも当然だろう。
「君、さっきは人の大切な姉のことを極悪人だの、人類の敵だの色々言ってくれたよなぁ?」
「あね? あね、あねってなんですか?」
「君の嫌いなジーマ・リドル将軍は! 僕の実の姉だってことだよ!」
「えっ……、えええええぇぇぇぇ~~!」
シャーリーは今日一番の驚きを見せた。まさか、オーシェンがあの魔王軍に寝返ったジーマの弟だったなんて、あまりの衝撃にぶたれた痛みもどこかに行ってしまった。つまりオーシェンの戦術は姉譲りということだったのか。確かに、二人の軍編成や部隊の動かし方はどこか似ているような気もしたが……。
ならば、オーシェンはアケメディア公爵の実の子ではなくて養子ということになるのだろう。なんだかとんでもないことを聞いてしまった気がする。
「良いか、今回はこのくらいで済ませておくけど、もう一度言ってみな、殺すぞ!」
オーシェンはいつになく語気を強める。彼にとってはなによりも、自分のこと以上の重要な事柄なのだろう。それはきつく詰められているシャーリー本人が特に感じていた。
「オーシェン様! その……、ごめんなさい」
シャーリーは気まずそうにおずおずと彼の前に立ち、謝罪した。
いくら祖国の裏切り者とは言え、実の家族であったらその悪口も不愉快であっただろう。自分も父や母の悪評を言われたらどれほど悲しいだろうか。知らなかったとはいえ許されないことをしたと反省している。
「それにしてもこんなに怒るなんて、オーシェン様って意外に姉ちゃん子なんですね。要塞のこともあり得ないくらい褒めてましたし」
「勿論、僕はお姉ちゃんのことを愛しているよ。軍の指揮官になったのだってお姉ちゃんに一刻も早く会うためだからね」
「愛しているって……、家族的な意味で、ですよね?」
「愛は愛だ。分類はない。だが、敢えて言うなら僕は男でお姉ちゃんは女だから、そういう形の愛が近いのかもしれないな」
「は?」
「実際、お姉ちゃんと結婚したいし」
シャーリーは口に残った血を勢い良く噴き出す。
「結婚!? 駄目に決まっているじゃないですか!『お姉ちゃんと結婚したい』なんておかしいですよ! そんなこと言っても許されるのは小さい頃だけですって!」
「いーや、絶対にするね。戦争が終わったら僕とお姉ちゃんの二人で一つ屋根の下で暮らすんだ。屋敷はそこまで大きくなくて良い。むしろ少し狭いくらいが良い。使用人とかは入れたくないし、なによりいつでもお姉ちゃんの存在を感じていたいからね。といっても、今もお姉ちゃんの存在を感じているんだけどさ。で、朝は同じベッドで起きて、昼は同じテーブルでお茶を飲んで、そして夜は同じベッドで寝るんだ! あぁ! 想像したら待ちきれなくなってきたよ!」
「えー……」
シャーリーは顔をしかませ、本気の嫌悪を見せた。彼に感じていた今までのプラスが全部チャラにしてもまだ足りない不快感を得る。こういうのは俗に言う「シスコン」というやつなのだろうか。おかしい人だとは思っていたが、こういった面でもおかしい人だとは予想だにしていなかった。ここまでの変態の軍に入らなければならなくなった後悔の念を、彼女は一心に浴びていた。
「シャーリー、この暮らしを実現するためにも、君には粉骨砕身でがんばってもらうよ。さぁ、次の戦場へ行こうじゃないか」
やっぱり行くのやめます、そうシャーリーは言いかけた。
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