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四話 真の包囲殲滅陣

「みなさん! もうすぐ城につきます!」


 オーシェンの陣幕を出てから数分足らずのうちに、シャーリーは騎馬隊を引き連れてシャルマの城を目指し進軍していた。無論、騎兵達の多くはこの進軍命令に懐疑的であった。しかし、シャ―リーが曇りのない瞳で、やましい様子もなく「オーシェン公子から直々に命令を受けました。」と断言したために、そういうこともあるかと納得してしまったのだった。オーシェンが時たま想像もつかない命令を出していること、そして騎兵隊がその命令に全幅の信頼をおいていることがまさしく仇となった。


 オーシェンの読み通り、シャーリーは橋には気付かずに迂回した道を選択していた。川沿いを進み、水深が渡れるまでに浅くなったところ見つけるとそこから渡河する。軍馬が一列になって一頭ずつ、水の流れに足をとられながらも難なく向岸にたどり着いたところで、シャーリー達は目視できる距離まで城へと近づくことができた。


 すっかりと日は傾き、城郭に影は落ちている。シャーリーは馬を一歩一歩進ませ、警備をしていたゴブリン兵がその存在に気付いたところで立ち止まる。


 城内の兵が警戒をし始めたところを見計らい、シャーリーは剣を抜き大きく声を挙げた。


「城の指揮官に告ぎます! わたしはラサーン王国騎士、ルネ伯爵家の長女シャーリー! 直ちに城から出て尋常に勝負なさい!」


 静かな平野に、風がさもしく吹く。それはまるで子供の騎士ごっこを後ろから見させられた騎兵達の心を反映しているようであった。


 シャーリーの良く通った声は幸か不幸かしっかりと城まで届き、兵達を混乱させる。あの人間の女はな

んと言ったか? 尋常に勝負? なぜ? こちらはせっかく新たに改修し、抜群の防御性有するようになった城に籠もっていられるのに、なぜわざわざ出て貰えると思ったのか。


「なんであるか。この騒ぎは……」

「バドル隊長! いや、あそこのラサーン兵の女が城から出て勝負しろ、と言ってきまして…」


 物見で見張りをしていた兵士は、上ってきた壮年のゴブリン、この城の守備隊を率いる隊長であるバドルに不安げながら状況を伝える。


「よく見えん、その望遠鏡を貸せ。…ふむ、あの娘はよう分からんが後ろに率いているのはオーシェン公子の兵だな。装備で分かる」


 バドルは目を見開いた。


「数は……、おおよそ一〇〇か。少ないな」


「バドル隊長、い、いかがしますか?」


「たわけ。この城はジーマ将軍がラサーン攻略の要所にするためにと作り替えられた城、むざむざとその利を捨てる阿呆がっ……」


 そう言いかけたところでバドルはふと言葉を止める。なにやら敵軍の様子がおかしい。あのオーシェン 公子の軍と言えば、強固な規律とそれによる迅速な機動が恐れられている。死地においても動揺を見せないその姿勢は武人として、敵ながら模範とすべきである、そうバドルは考えているほどであった。


 だというのに、見ると騎兵達があのシャーリーとか言う女ともめているようではないか。レンズには青い顔をして彼女にまくし立てる騎兵と、目をきらめかせるシャーリーの姿が映っていた。


「シャーリー様? 今一度聞きますが、本当にオーシェン公子がこのようにしろと命令なさったのですか? 間違いありませんか?」

「えぇ! そうですよ!」

「『敵に城から出てくるように口上を挙げろ』と、そう本当におっしゃったんですか?」

「いや、そういう感じではなかったですね~。でも『好きにしろ』と言っていたから、わたしが何をしても命令通りってことですよ!」


 騎兵達の顔中から冷たい汗が噴き出した。中には胃の辺りを抑える者もいた。


「そっ、それは命令じゃないでしょう!? 貴女は独断で私たちを…!?」


 こんなバカな話があるだろうか。どうして誰も確認しなかった。どうして、それこそ敵の真ん前まで来るまで誰も指摘しなかった?


 結果として、我々は何の策もなく、増援の見込みもなく充分に改築された敵の城に突っ込まなくてはならなくなっている。


 いや、今ならまだ間に合う。こんなことを言われたとてどうせ敵は出てくるまい。今回はなかったことにして今来た道を戻れば良いだけだ。


 そう考えていた矢先であった。


「あっ! 敵の兵士が出てきますよ!」

「はぁ!?」


 城門が開き、中からおびただしい数の子鬼達が飛び出す。その数は一〇〇や二〇〇は物の数ではなく、少なめに見積もっても一〇〇〇人はいるようだ。それは紛れもなく、魔王軍の兵士であった。なぜこんな挑発に乗ったのかは分からない、しかしこの状況で渡河をしようとすればまず追撃は免れないだろう。


__________

______

___


「バドル隊長!どうしてわざわざ敵の言うことを聞いてやったのですか?」


 ゴブリン兵の一人が問う。


「良いか、これは好機ぞ。今はオーシェン本人が指揮しておらず、しかも兵は浮き足だっておる。この状態ならば打ち倒すことも決して難しい話ではなかろう」

「それは分かりましたが、それなら守備兵のほとんどを出す必要はあったのでしょうか?」

「分からんか?相手はあの鍛え上げられたオーシェンの兵であるぞ。弱体化しておるとはいえ油断はならんからな。持てる力をすべてぶつけねば確実な勝利は得られまいて」



 バドル率いるゴブリン兵部隊が迫る中、シャーリーの情熱は滾っていた。


「騎兵の、いや騎士の皆さん! 今こそ突撃の時ですよ!」


 シャーリーは右腕を上げて皆を鼓舞しようとする。それはあまりに酷な話であった。ゴブリン兵一人一人は人の兵士より弱いとは言え、あの数を倒すことは不可能である。突破して逃げることはできるだろうが、周りは河に挟まれているため本隊に合流することも叶わない。この中であの軍勢を討ち果たせると思っているのはシャーリーだけであった。


「……やってやらぁ!」


 騎兵の一人が腕をまくり、突撃の準備をする。


「おめぇら! こうなったもんはもうどうしようもねぇ! そしたらせめて、少しでも敵の数を減らしてオーシェン公子の助けになるしかねぇだろうがよ!」

「た……、確かに!」

「ちくしょー! でもそれもそうだな!」


 その言葉に次々と他の騎兵も同調していく。もはや先ほどの動揺はなくなり、そこには命がけの突撃をも厭わない死兵の集団が直線突破の陣形を組む姿があった。


「もしかして……、わたしの激でやる気がでたんですか!」

「ちげぇよクソ!」

「ゴブリンにレイプされちまえ!」

「レイプってどういう意味ですか……? ともかく突撃!」


 シャーリーを先頭にした騎兵達は部隊の右翼に突撃する。荒ぶる騎馬は子供ほどの大きさしかないゴブリン兵たちを踏み進み、その上に跨がる騎兵は槍を上下左右に繰り出し進路を切り開く。


 たちまちに右翼に大きな風穴が空き、騎兵が通り抜ける。既に数十人の被害が出ているのにも拘わらず、騎兵一人として討つことは叶わなかった。しかし、それはバドルの想定の範疇に過ぎなかった。


「全員転進!騎馬隊を川沿いに追い込め!」


 号令と共に一〇〇〇人近いゴブリンの兵士達が向きを変え、騎兵達を追う。その先には勿論彼らが、そしてさらにその先には到底渡りきれない深さの河があった。


 緑色の大きな塊が網のように広がり、密集形をとっていた騎兵達を包む。突破しうる隙間はなく、完全に包囲された形となった。


「ぐっ…囲まれたか…」


 騎兵達は馬を動かせないながらも懸命に槍を振るう。しかし、一向に敵兵の尽きる気配はない。致命傷こそはまだ食らっていないもものの、暗闇から湧き出る虫のように絶え間なく襲いかかる敵兵に体力と神経は大きく摩耗していく。何度も打ち直された鋼の如き精神を持ったオーシェンの騎兵ですらもその苦痛はたえがたいものであった。

一体この恐怖と苦しみはいつ終わるのか、一分後か、十分後か。それは己の死ぬときだろうか。


 それならば、いっそ諦めてしまうのが良いか。


「諦めないでください!」


 消沈しかけていた騎兵達が声の方を向く。


「わたし達は騎士じゃないですか! 国や家族のためなら、どんな苦しい戦いだって、のりこえてこそでしょ!?」


 お前が連れてきて何を言うか。誰もがそう思った。だが初めての実践だというのに、ここまでの絶望的

な状況にあっても懸命に戦うシャーリーの姿に感銘を受けない者はいなかった。


「やあぁっ!」


 息を吹き返したかのように槍裁きに力が入る。河に落ちかけていたまでに押されていた騎兵達はじりじりとゴブリン兵を押し返していく。


「ええぃ!たかだか一〇〇人の兵にどれだけ手間取っている! 早くとどめを刺してしまえ!」


 予想外の奮闘にバドルは焦りを見せる。一度城から離れてしまった手前、ここでなんとしてでもこの一〇〇騎は全滅させておかなくては。オーシェンの本体と合流されては計画が狂う。


 一刻も早く奴らを仕留め、城に戻らなくては。



「言っておくが、もう君達の考えは破綻しているんだよ」



 バドルの左横から突如として声が挙がった。

横、だと?バカな。河を正面にしていたら左にはその河の続きしかないはずだ。そこに誰かがいるはずないだろう。何かの間違いだ。


「騎兵部隊! 三時の方角が手薄だ! そこから突破しろ!」

「オーシェン公子!」

「オーシェン様!」


 オーシェンは歩兵部隊を率い、ゴブリン兵の真横にまでたどり接近していた。軍は3つの勢力に別れ、それぞれが一つの生き物のように動こうとしている。


 まずい。バドルはオーシェンの意図に気付きかけていたが、一歩遅かった。


「前にきまぐれで読んだ小説で『で包囲殲滅陣を使った奴』がいたが……、あれはひどかったなぁ。訓練もろくにしていない素人集団を率いて、しかも何もない平野でやりやがって。少数の勢力が多数の勢力を包囲殲滅するためには高い練度と地の利が不可欠だって言うのに!」

「ぜっ、全軍てった」

「フン、僕が本当の包囲殲滅を見せてやるよ。第一陣、敵の後ろに回れ! 第二陣は騎兵と合流しろ! 第三陣はこの場から攻める!」


 バドルの指示が通るより早く、歩兵隊は全速力で機動し敵を囲みこむ。それに呼応するように騎兵達は包囲を抜け、第二陣との合流を果たした。


 ゴブリン隊の正面には深い川、横と後ろには敵の増援。完全に包囲の形になっていた。

敵を逃がさない位置についた兵士たちは陣形を保ちながら、後ろを向いたままの敵へ攻撃を開始する。突然現われた敵の増援、そして瞬く間に行われた逆包囲にゴブリン達は動揺し、抵抗もできないままに一方的に槍の猛打、猛突によって蹂躙されていく。


 自分たちの戦力は敵の倍の差がある。ゴブリン兵たちがそのことを知っていたらまた心持ちも変わっていただろう。しかし、あたりの暗さがそれを気づけなくさせていた。視界の優れない中、自分たちを囲むオーシェンの軍は無限に見えていた。


 大勢に囲まれ、至る所から攻撃される。その恐怖をゴブリン兵達は送り返されたのだった。


「おのれラサーン兵め! 卑怯な!」

「さっきまで囲んで襲ってくれたのは! どこのどいつだっ!」


 懸命に戦って討たれる者、包囲の隙間からからがら逃げようとして刺される者、川に飛び込んで逃げようとする者。包囲から一五分、一〇〇〇人はいたバドルの部隊は二〇〇人未満にまで減少した。ゴブリン達は夕暮れの薄暗さの中でも、だんだん自分の味方がいなくなっていっている事実をはっきりと見させられていた。


「バドル隊長! 隊長だけでもお逃げください!」

「たわけ! 兵を置いておめおめと逃げられるものか!」

「隊長、……うわああぁぁ!!」


 また一人、ゴブリン兵が槍に貫かれて息絶える。いくら歴戦の猛者であるバドルとはいえ、目の前で部下が貫かれる様を見させられては心の波立ちが騒ぐ。


「ぐっ! かくなる上はあの娘だけでも道連れに…!」


 バドルはシャーリーめがけて飛びかかろうとする。


 しかし、動けない。何かがつっかえになって動けないのだ。それは頭にある、そう気付いた刹那、眉間に鋭い痛みが走った。バドルが額に手を当てると眉間から針のような者が出ていることに気付く。


「君が指揮官だろ? ゴテゴテと装飾つけやがって……」


 後ろから冷静な、それでいて昂ぶった声色が聞こえた。後ろが振り向けないが分かる。オーシェン・アケメディアだ。

「あ……っ、がぁ……っ!」

「悪いけど、その首もらっておくぜ」

「あっ、あああ~~~~~!」

「ぎいいいいいい!」


 十文字。


 オーシェンはバドルの頭を突き刺したレイピアを素早く抜くと、返す刀で縦横に斬りつける。しなるほどに細い刃はケーキを切り分けるように壮年のゴブリンの首と胴を斬り離した。

剣を伝ってぬめりと地に落ちた二分割の生首を拾い、腹から叫ぶ。


「敵将! 討ち取ったり!!」


 オーシェンは鞍の上に立ち、脳がはみ出した真っ二つの首を掲げる。


 既に日は落ち、敵兵からはそのシルエットしか識別できない。だが、それで充分であった。

 ぼんやりと赤黒い光に照らされたそのシルエットは得体の知れない不気味さと戦いの終わりを印象づけさせた。最後まで抵抗していた一〇〇余のゴブリン兵達もその影を見ると共に顔を歪ませ、手持ちのショートソードを力なく手放す。ひとりずつ、またひとりずつ次第にぽつぽつと両手が挙がっていく。


 誰にでも分かる。降伏の合図だった。




【お願い】

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