二話 シャルマ村への行軍
息を切らしながらも無事に荷車を軍営に運びきったシャーリーは、オーシェンの指揮する軍に参加し
た。目的地は北西の辺境、シャルマ村だ。
シャルマ村は簡易な城のみが目につく小さな村である。地理的に要所ではなく、人口も少ないため占領する意義も薄い。そのため守備隊も少なく、魔王軍の侵攻の際は一日持たず陥落した。
オーシェンであれば子供のお守りをしながらでも勝利できる、そうメギア王は踏み指令を出したのだろう。オーシェンもまた、今回の戦の規模を鑑みて、自領から補充の兵を数人合流させた後にシャルマ村へ向かった。
シャーリーは馬で進みながらオーシェンの軍を見る。総勢五〇〇人の内訳は歩兵が六割、騎兵が二割、弓兵が一割、それと輸送隊が数人。この比率はオーシェンが良く用いる編成であった。ラサーン王国では伝統的に騎兵の誉れが強く、指揮官の中には騎兵のみで軍を編成する者もいる。
一方で、オーシェンはそれぞれの兵科を活用し、有利に戦闘を行ってきた。その戦術を真似しようとする者も少なからずいたものの、そのどれもがむなしい結果に終わっていた。
しかし、シャーリーが気になっていたのはそれらとは別の、先頭で行運している三〇人ほどの集団でであった。前線で戦えるような武装はしていない代わりに、何やら大荷物を背負っている奇妙な兵士であった。
行軍から三日、何事もなく進んでいると一〇人程の馬に乗った兵士たちが合流した。それは、オーシェンが度々偵察を指示していた斥候部隊であった。そのうちの一人、斥候隊長のジンがオーシェンに告げる。
「オーシェン公子、前方三キロほど先に魔王軍の軍団が陣取っています。数はおおよそ一五〇〇。ゴブリン兵と人間の兵のみです」
「指揮官は?」
「隊長格の魔族がいます。いかがしますか?」
「うん。こっちから仕掛けよう。……皆、陣形を組んでくれ!」
オーシェンは慌てることなく指示を出すと、軍はよどみなく中心に歩兵と弓兵、両端に騎兵が配置された戦闘のための陣形と変わる。
「シャ―リー。戦闘が始まったら君は歩兵隊の後ろにいてほしい。危ないからね」
「お気遣いいただきありがとうございます。しかしわたしも一端の騎士です! もしお任せくだされば真っ先に突撃し、一番槍を果たさせていただきます!」
シャーリーは胸に手を当て、高らかに宣言する。
戦争での華は騎兵による突撃。彼女自身、名高い騎士だった父のように騎士として活躍したいという望みがあった。その気持ちが軍学校での良い成績も、その気持ちによるものが強かった。
「なら尚更後ろで見ていてもらわなきゃな」
「お願いします!どうか戦わせてください!」
「駄目だ! いいか。絶対に前に出るんじゃないぞ。でなければ、もしもの時助けられないから」
「そ、それほどまでわたしのことを……?」
願いこそ聞き届けてもらえなかったものの、シャーリーは満足げであった。こんなにも心配を受けるのは騎士としては辛いところがあるが、一人の女としてはちょっとだけ嬉しい。もしかしたら荷車を引かせようとしたのも、危険のない仕事だけさせようという優しさだったのかもしれない。きっと口は少し悪いが根はいい人なのだろう。
「おい! 何を考えているのかは知らないが、騎兵の仕事はその機動力を活かして敵の横や後ろに展開することだ、真正面から突撃する時代は終わったんだよ! 別に君の心配をしたわけじゃないからな! 勘違いするなよ!」
オーシェンはぴしゃりと言いつけると、部隊からくすくすと笑い声があがった。おおよそコントかなにかとでも思っているのだろう。シャーリーも調子よく舌を出している。
まだ数日しか経っていないというのに兵士から受け入れられつつあるシャーリーに、オーシェンはムカムカとしたうっとうしさを感じていた。
その後、部隊は予定通り魔王軍の軍団と遭遇し戦闘になったが、オーシェンは難なく勝利した。
諸兵科の特徴を活用して相手の弱点を突き優位に進めた良い戦いだった、後方から見させられていたシャーリーもそう感じていた。
しかし、シャーリーはこの戦い方にいささかの不満を覚えていた。
自分は立派な騎士になるため、女だてらに軍学校で学んできた。今回、実践に参加する意思を見せたのもいち早く騎士として戦場で活躍したい思いがあった故だ。
だが、オーシェンの部隊ではその名誉を得ることは叶わないだろう。オーシェンの戦い方は基本的に歩兵主体、騎兵のやることといえば敵を囲んで後ろから斬ることや、逃げた敵を追いかけて後ろから斬ることばかり。
できることならオーシェンに小一時間ばかり騎士のなんたるかを講釈したいところだ。シャーリーはオーシェンの方をちらりと見る。鎧が返り血に濡れたまま、仲間と共に敵兵の落とした、あるいは死体が持っていた武装を奪うオーシェンの姿があった。戦闘が終わったばかりでどこかギラギラしている。
……講釈をするのはまた今度にしよう。何か怖いから。シャーリーは無言で立ち往生していた。
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行軍から四日、オーシェンは五〇〇人余の兵を率いシャルマ村に到着した。休息を最低限にした、極めて短い時間での行軍であった。
「オーシェン公子! 城と周囲の地形の見取り図が完成しました」
指令を出してからしばらく経つと、斥候達が帰還した。斥候の一人は懐から紙を取り出し、広げる。そ
こにはシャルマ村の城を中心とした精密かつ立体的な地形図が描かれていた。
オーシェンはその図を受け取り、なめるように見渡す。
「これは……、聞いていた話とは違うな。木の柵で囲まれた簡易な城とのことだったけど、大分改修されている。この大きさなら兵は数百ではくだらないだろうね」
「はっ、近くの河川を利用して堀を作っているほか、主塔へ行くまでの経路は入り組んでおり上からの攻撃を長く受けることになるでしょう」
「あぁ、しかも櫓がちょうど攻めたいところにあっていやらしいじゃないか。こんなのとはまともに戦えないな……。よし、策を練る。今日のところは皆英気を養ってくれ」
オーシェンが手を挙げると、兵達はきびきびと宿営の準備をしはじめる。
オーシェンは用意された椅子に腰掛け、思索する。
まさかこのような辺鄙な場所にここまでの城を建てるとは、山間に立てられた城のため、単純な攻めにくさはこの前のシモン要塞を凌ぐだろう。無策での攻城は全滅も考えられうる。
この城の攻略法を考えられれば、『あの人』の気持ちがもっと理解できるだろうか。オーシェンはしゃにむに地図にペンを走らせた。
それから数刻経ち、辺りが赤焼けに染まり始めてきた頃、シャーリーはオーシェンのいる陣幕に顔を出した。突然に顔がぴっこりと現れ、作図に注視していたオーシェンは面倒くさそうに手招きする。
「どうしたんだ? トイレについてきてほしいのかい?」
「違いますっ! ちゃんと一人で行けます! 私はただオーシェン様が心配で、様子を見に来ただけですから!」
「君に心配されるいわれはない。さっさと寝たらいいんじゃないか?」
オーシェンは眉間にしわを寄せ、顔を背ける。
「あの…、お教えくださりませんか? オーシェン様」
「何?」
「この前のシモン要塞防衛についてです。一体、どのようにしてあの劣勢から勝利に導けたのですか?」
「王様にも言ったけどさ、それ。要塞が良かったからだよ。正直、あんな完璧な要塞でどう負けろ、っていう感じだね」
オーシェンは意地悪く笑う。
「隧道は複数の出口があって埋められづらい。城壁は傾斜があって上からは攻撃しやすく下からは攻略しづらい。騎馬が出られる曲輪もある。水源は勿論確保されていて、挙げ句の果てには壁の一部が食べられる素材でできている、と来たもんさ! 実に素晴らしい! 絶対に攻略する側にはなりたくないね!」
まるで英雄を称える歌を吟じているようだ、シャーリーは苦笑した。
「ずいぶんと要塞をお褒めになるのですね。……誰が建築を指示したのか、存じないのですか?」
「フン、それも二回目さ。あぁ知っているとも。ラサーン王国稀代の名将、戦術の天才『ジーマ・リドル将軍』だろ?」
「……ええ、そうですね。稀代の名将、そして」
「魔王側に寝返った極悪人、ですよね」
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