プロローグ 五〇〇人の援軍
「天は我らを見放したもうたか……」
空が闇に覆われた頃、泥と血のにじんだ鎖鎧をまとったカイゼルひげの男が、息絶えた部下の亡骸を抱きながら声を震わせた。その亡骸は戦士の体とは思えないほど軽く、痩せ細っていた。
男は堅牢な石造りの塔の窓から要塞の外を見下ろす。そこには毒々しい緑色をした亜人、ゴブリンの兵士たち、それと黒いうろこを天然の鎧の如く前身にまとった魔物、リザードマンの兵士たちが城壁を取り囲む姿があった。夜と言うこともあって正確な数は確認できないが、その数はゆうに五〇〇〇を越えているだろう。一方でこちらの手勢は五〇足らずである。
このまま餓死で死ぬか、やぶれかぶれで戦って死ぬか、あるいは自らの腰に差した剣で自死するか。男は半死半生の心持ちで城壁の外の地獄絵図を眺めていた。
「ごきげんよう、今日は星が綺麗な夜ですね」
不意に男の足下の石床が外れ、中から青年が顔を出した。
「なっ、何奴!?」
「増援ですよ。よくぞ今まで耐えてくださりました」
青年は穴から上り軍服にまとわりついた煤を払うと、周囲を一瞥した。
「ずいぶんと疲弊しているようで・・・。今日明日は援軍のみで対処しましょう」
「……して、援軍の数は何人であるか」
「五〇〇人です。一部を除いて、既に兵站を持って城内へ移動させてあります」
「馬鹿な!敵兵は五〇〇〇を越えているのだぞ。その一〇分の一でどう勝てというのだ!?」
男は激昂し、青年の胸ぐらをつかんだ。たった五〇〇人。ここにいる常備兵の生き残りを含めても五五〇程度である。大劣勢が劣勢に変わったに過ぎない。この土壇場で、とんだぬか喜びをさせられた。男は奥歯が割れんばかりにかみしめた。
しかし、その一方で青年の顔はすずしげであった。
「いいえ、この戦、我々の勝ちです。一点の狂いもなく」
「何……?」
その時、場外から盛大な爆音が鳴る。予想外の事態に、包囲していたゴブリン兵たちはもちろんのこと、城内の兵士の間にも動揺が広がる。
「オーシェン公子! 騎兵の用意が調いました!」
「よし、まずは脅かしてこい。ダメージを与えられなくても構わん」
「はっ!」
男があっけにとられる中、オーシェンと呼ばれた青年はそっと胸ぐらを掴んでいる手を外す。
「ご心配をおかけして申し訳ない。しかし、私に任せていただければ問題はありません」
「しかし……、一体いかにしてこの戦局をくつがえすとでも言うのか!」
「では、ひとつだけお教えしましょうか」
オーシェンは窓から空を仰いだ。
「これから敵は皆殺しになります。寝ることも、食うこともままならなずに」
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