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探偵令嬢と華麗なる謎の皇子~探偵と怪盗、共闘す!?~  作者: 卯月八花


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第30話 アステルの関与は……

 ――ヘレーネ皇后陛下が帰られてすぐ、こんどはアステル殿下がやって来た。


「それで? 君の見解を聞こうか」


 殿下は予告状のカードをペラペラと軽く揺らしながら、黄金の瞳をニヤリと細める。


「これ、ブラックスピネルが出したものだと思うかい?」


「正直に申し上げますと、疑念を感じております」


 私は慎重に言葉を選びながら答えた。


 私の横にはディアンが立っているし、ポレットはキッチンで聞き耳を立てている。

 こんななかでアステル殿下がブラックスピネルだと言うことはできない。


 だからどうしても、ブラックスピネルに関して話題に上げるときはぼやかすことになる。


「へぇ、なんでそう思うのか聞かせてくれる?」


「はい、予告状の字なのですが……。右下がりになっておりますでしょう? これは左利きに多い特徴ですわ」


「なるほどね」


 アステル殿下は、少しだけ目を細めて答えた。


「これを書いたのは左利きの人間、……か」


 私は頷き、話を続ける。


「私はブラックスピネルと会ったことがあるのですが、彼は右利きでした。もちろん絶対ではありません……左利きでも右下がりの文字を書かない人もいるでしょう。例えば右利きの殿下にも、もしかしたら右下がりの文字を書く癖がおありだったりするかもしれませんわね」


 私の言葉を肯定も否定もせず、彼は面白そうに笑った。


「あはは。それで、他に根拠はある?」


「根拠というほどハッキリとした確証があるわけではないのですが……。どうも、私の知るブラックスピネルとは予告状の印象が違う感じがします。ブラックスピネルならもっと、華美で豪華なものにするような気がするのです」


 アステル殿下は、ふむ、と顎に手を当てながらカードを見つめる。


「予告状がシンプルすぎてブラックスピネルらしくない、か。確かに、まるで無口で質実剛健な模範生が書いたみたいだよね、この予告状」


 無口で質実剛健な模範生――、アステル殿下とは正反対だ。


「はい。私の知るブラックスピネルとは異なる感じがするのです」


「まぁ、一つヒントをあげておくよ」


 彼は私に少し顔を近づけて、黄金の瞳をキラリと光らせた。


「僕は知らない(・・・・・・)」


「まあ」


 一応驚きの声をあげはしたが、内心は得心していた。

 ――やはり、これはアステル殿下=怪盗皇子ブラックスピネルが出したものではないのだ。


「では、誰が出したのでしょう?」


「さぁねぇ。見当もつかないな」


「ブラックスピネル――」


 あくまで軽い調子で答える彼に、真面目な声が重なる。

 ディアンだ。彼は、後ろで手を組んだ姿勢を崩さないまま、真面目な顔で私たちを見下ろしていた。


「ブラックスピネル以外の誰だというのですか? 予告状にそう書いてあります。文字が右下がりなのは確かに見て取れますが、だからといってこれを書いたのが左利きだと断定するのは早計すぎると思います」


 ディアンの静かな声には確固たる意志が感じられた。


「そうね、ディアンの言うとおりだわ」


 ……でも、アステル殿下がハッキリと宣言されたのよ。『僕は知らない(・・・・・・)』ってね。

 つまり、これを出したのはブラックスピネルの名を騙る第三者ってことになる――。


 私は軽く肩をすくめて、ふうっと息を吐き出した。


「……まぁ、なんにせよ、絵が狙われているのには代わりはないわ。……盗まれずに譲渡が完了したらいいのですけど」


「それだけど、今――」


 アステル殿下はちらりとディアンを見上げて、すぐにその視線を私に向けた。


「専門家に再評価してもらってるんだ。怪盗が狙うほどの価値があるのなら譲渡の条件を再考しないとってことでね」


「ですがもう譲渡自体は決まっているのでしょう? 今さらそれを違えることなんてできるのでしょうか」


「これが普通の取り引きなら、そうだろうね。でも美術品の取り引きだからな。昨日『一』だったものが今日には『千』になる世界だ。国家予算規模の損をしないためなら少しくらい強引なことはするさ」


 彼はまるでその言葉を冗談のように口にしたが、黄金の目はどこか冷徹で鋭い。

 きっと、彼の語っていることは真実なのだろう。


「もしかしたら、この売買自体が取りやめになる可能性だってあるかもしれないよ。キャンセル料を払ってでも手元に置いておくほどの価値が『湖畔の愛』に認められればね」


「でも、そんなことになったら、絵画を欲しがっているアル=ファイラ王国の大富豪はがっかりするでしょうね」


 遠い国からこの絵が欲しいとやって来ている大富豪――その労力を思えば、絵に価値がないほうがいいのではないか、なんて思ってしまう。


「大富豪だけじゃなくて、間を取り持ったアドリックもがっかりさ。面目が丸つぶれになる」


 と殿下は意地悪そうに笑って、私の横に立つディアンを見上げた。

 アドリック……、確かディアンのお兄様だったわね。


 確かに、もし絵画の取り引き中に問題が起これば、その影響を受けるのは買い手や売り手だけで済まないだろう。取り引きに関わった人物の名誉や信用にも大きなダメージが及ぶはずだ。

 確かヘレーネ皇后陛下の話では、アドリック様がずいぶん熱心にヴァルフリート皇帝陛下を説得されたみたいだから……。


 私もディアンの顔を見たが、彼は硬い表情を崩さず、黙って前を向いているだけだった。


 自分の兄の名誉を、心配しているのかしら。


「でしたら、ディアンのためにも絵画は守らなくてはなりませんわね」


「僕のため……?」


 意外そうな小さな呟きが、ディアンの口から漏れる。


「ええ、そうよ。お兄様の名誉のためにも、絵画が盗まれるなんてことがあってはいけないわ。取り引きがキャンセルになることも避けたいわね――絵画の評価が覆ることなく、正常に取り引きがなされるのが一番だわ」


 ディアンは視線を僅かに動かし、どこか曖昧な風味を醸し出しながら静かに頷いた。


「……そうですね。僕もそう思います」


「まあ、いまは絵画の再評価待ちだよ。すべてはそれで決まる。そう、すべてがね」


 アステル殿下は黄金の瞳を鋭く光らせ薄く笑った。


 ……?


 なにか知っていそうな笑い方ね。私に教えてくれる気はなさそうですけど。


 アステル殿下の態度といい、偽ブラックスピネルの出現といい、絵画の再評価といい……、この事件、まだ裏がありそうね……。






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