転生ヤンデレの末路
※自死の表現があります。決して真似をしないでください。
※また、女の子が漏らす表現や虐待をにおわせる表現があります。苦手な方は避けてください。
銀髪の少女が笑っている。
あれは誰だ?
銀髪の少女が泣いている。
あれは誰だ?
銀髪の少女が喀血している。
あれは誰だ?
銀髪の少女が眠っている。
あれは誰だ?
逝くな、――――!
強く想ったとき、勢いよく目が開く。
まだ夜は深い。
眠りついてからあまり時間は経っていないだろう。
眠る前と変わっていないはずなのに、ここはどこだろうと周りを見渡す。
もちろん自分の部屋で変わりない、ベッドがあって、大学の授業に関係する書類が所せましと並んだ本棚あって、机の上にはノートパソコンと資料があって、変わらない、自分の部屋だ。
喉がからからに乾いていて、自然と水を求めて自室を出る。
階段を静かに降りて、水を汲んで一気に煽る。
中学生になったころからよく見る夢だ。
彼女は誰だか分からないけれど、自分の大切な人で、そして、妹だ。
「はぁ……」
口元を吹いて洗面所で顔を洗う。
あの夢を見るともう寝付けないのは分かっている。
寝ることは諦めた。
彼女は妹で、妹は彼女だ。
けれど、妹は彼女ではない。
彼女のように美しく、聡明な人間ではない。
自分の教育が足りないから。
もう眠れないから、課題は今やってしまおう。
明日は学校は休みだし、たくさん妹のために時間が使える。
彼はにたりと笑った。
翌朝五時。
彼は妹の部屋にいた。
「どこが分からない?どうして分からない?」
「わ、分かりません」
「どこが分からないのか、聞いている」
「どこが、分からないのか、分からないんです」
細い声で妹は言う。
その姿はいじめられている小動物のようで、震え、泣かないように必死だ。
服装もパジャマのまま。
四時半ごろから机で彼に課された勉強をさせられている。
「あの子は簡単にこなした。お前もやればできるからやれ。解けるまで食べることを禁止する。いいね?」
覗き込むようににっこり笑うと妹は体を小さく震わせて頷いた。
妹だって聡明なのだ、ただ、彼女が聡明すぎるだけで。
普通の高校生だったら遜色ないどころか周りの生徒からは尊敬や憧れの眼差しを受けている。
そもそも手元にある課題は妹の学習としては範疇を超えている。
この兄の指導によって、妹は高校入学時には高校で学ぶことは全て学び終わっているのだ。
六時。
「あの」
小さい声で妹が声を上げた。
彼はずっと彼女を思い出しながら、妹の挙動を監視続けていた。
「なに?朝食ならあと30枚くらいの問題が解けないとないよ」
「違うんです、その」
彼が動くたびに妹は体を大きく震わせる。
声は小さいのに、震えるのは大きいんだな、小さく笑う。
「ト、トイレに」
「トイレ?」
「ひっ……、お花を摘みに行かせてください」
彼は少しでも妹が俗語を使うと顔が怒りで満ちる。
「いいよ、今解いている問題が解けたらね」
「漏らします!」
「そんな大きな声、出たんだね。でも解けたらじゃないとだめ」
泣きそうになりながら、問題と向き合う。
本当に切羽詰まっているのだ。
五時にたたき起こされて飲まず食わずで既に八時。
三時間も同じ状態だったら誰だって体は辛いだろう。
三十分後、妹は泣きそうな目で彼を見る。
「お願いします。トイレに行かせてください。お願いします……」
「解けてから、って最初に言ったよね?」
泣きそうな目に嗜虐心がくすぐられる。
泣いてしまえばいいのに。
「おねがい、おねがいします」
「ほら、そんなこと言っていないで解きなよ」
ぼろぼろと涙を流しながら、ツンとアンモニア臭がしてきた。
「早く解かないから、こうなったんだよ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
心から楽しそうな顔で笑う。
本当に楽しいのだ、妹が泣くのは楽しい。
「母さん」
そう言いながら彼は部屋を出て行った。
妹はそれをただ見ていた。
「駄目よ、お兄ちゃんのこと困らせちゃ。高校生になったんだから。一生懸命勉強をするのおいいけれど、ほどほどにね」
困った顔で掃除をしてくれる母。
何も見ていない母。
妹は無表情でそれを見ていた。
「母さん、ありがとう。さ、着替えてご飯にしようか」
ふと時計を見ると朝の九時。
ようやく朝は終わった。
朝食をとり終わったあと、再開される勉強。
彼もやらなければならないことがあるらしく、今度は監視していない。
けれど妹に課された課題は終わらず、結局昼ご飯は抜きで夜の六時に夕飯を食べ、眠れたのは十時になってからだった。
休みの日はそれがずっと続いた。
「大学は一人暮らしをしたい?」
「そうなのよ、お兄ちゃんに迷惑かけられないから、って」
「別にいいのに。俺のことは気にしなくて」
「本当にいいお兄ちゃんね、たまには様子を見てあげてね」
周りの人の前ではいい兄を演じる必要があったから、妹が県外の大学に行くことは反対しなかった。
それに、行きたいと言っていたのは彼女よりはやはり足りないだろうけど、それでも妥協できるところだったから。
けれど
「連絡がつかない?大学にも入学していない?」
「そうなんだよ、休みの日でいいからどうにか探してくれないか」
妹が高校を卒業して、二か月。
両親が連絡をしたら連絡がついておらず、受かったはずの大学にも通っていないということだった。
もちろん探してきた部屋にもいないそうだ。
休日は全て妹の痕跡を探すことに専念した。
妹の友人にもあたってみたが、連絡がつかないと言われ、ネットの力を借りようにも妹が自分以外の人間から傷つけられるということは、彼女も傷つけられることだから借りられず八方ふさがりであった。
「あぁ、悪いけど、来週の月曜日出張に行ってくれないか」
「私が、ですか?」
「採用説明会があるんだが、本来行くはずだった君の同期の仕事が終わっていなくてね。ある程度目途がついている君にお鉢が回ってきたということだ」
「分かりました」
「前泊してほしいんだが、タイミングは任せるよ。今日の夜からでも構わない」
出張先は今まで行ったことのない場所だった。
県庁所在地ではあったし、妹を探してみてもいいだろう。
「分かりました、今日の夜に向かいます」
「そうなれば今日は仕事を終わりにしていいよ」
残業はあまりしていなかったが、仕事時間を減らすことに何の異議もない。
すぐに家に帰り、出張先に向かうことにした。
夜、着いた出張先はそれなりに賑やかな街だった。
信号待ちをしているとき、見たことがあるような顔を反対側に見つけた。
「――――!」
妹だった。
けれど何故か、声に出たのは彼女の名前だった。
会いたくて、会いたくて、もう二度と会えない彼女の名前。
声を上げたせいで妹も彼に気づいたらしく、背を向けて走り出していた。
後ろを向いて走っていたせいで、近づいてくる脅威には気づかなかったようだ。
妹はそのまま車にひかれた。
甲高い音と周りの悲鳴。
彼はその場で一瞬立ち尽くし、すぐに妹に駆け寄った。
どうして、どうして、また先に逝くんだ。
どうして。
彼は妹を抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
翌朝、絶命をした彼の姿がホテルにあった。
遺書を書き、毒をあおったとは思えないほど綺麗な顔で。
遺書には、≪――――に会いに行きます。≫と丁寧な字で書かれていた。
思いついて一気に書いたので甘いところは多々ありますが、目を瞑ってください。
嗜虐心なんてない人間なので、自分とは違う人のことを考えるのは難しいですね。
いじめる方法も分からない。まだまだ教養として知ることは多そうです。