フーコ その2
某惨劇アニメがまさかのワシを……信じて……展開になって驚きと笑いを隠せません
いつまで抱きしめ合っていただろうか。
いい加減気恥ずかしくなってきた頃、俺はフーコからむりやり体を離した。
「あっ……」
黒いフードを被っていた犬耳の少女……フーコは名残惜しそうだったが、なんとか離れてくれた。
「なあ、聞いていいか?」
「?」
「どうして……その、犬から人間に?」
「それは……」
まず気になった質問を俺は投げかけた。
少し、間をおいてからフーコが口を開く。
「ボク、ケントくんに助けてもらってから、ケントくんによく似た匂いのヒトたちの家に住むことになったんです」
昔を懐かしむようにそう語り始めるフーコ。
そして手が首へと向かった。
「それは」
彼女の首には、どこかで見た首輪がつけられている。
それを触りながら思い出に浸っているようだった。
俺によく似た匂い。
もしかしたら、俺の家族だろうか。
だとしたら両親にはほんとうに感謝しかない。
「そこではお腹が空いてつらい思いもしなくて、遊んでくれる優しいヒトたちがいました」
「……うん」
あの後のことは知る術もなかったが、不幸にはなってないようで俺はホッとした。
しかしだとしたらここにいるフーコはなんなんだろう。
「そういう場所で、ずっとずっと長い時間過ごしていたある日……」
少し表情に陰りがあらわれる。
俺はそれに、少し不安になった。
「散歩の途中に、大きなクルマ? にはねられそうな子がいたんです」
俺はその話しを聞いて、なんとなく察しがついた。
「その頃にはボクはもう、体があまり動かなかったんですけど、ケントくんがボクを助けてくれたことを思い出して、助けなきゃって思ったんです」
ああ、そうか……。
お前も、そういうやつなんだな。
どうして俺に優しくしてくれるやつは、こうも似ているんだろう。
「なんとかその子は助けられたんですけど、ボクは……」
そこから先は言わなくてもわかった。
「そうしたらカミサマ? って言うヒトが『キミは優しいから異世界に転生させてあげるよ』って……」
フーコ、お前もか。
しかしそっちの時間の流れとかは関係ないんだな。
話しを聞くにフーコはたぶん、結構な年月を過ごしたはずだし。
「その時1つだけお願いをかなえてくれるって言われたんです。それでボクは……その」
「俺に……会いにきてくれたのか」
言わず、フーコは頷いた。
俺は自分のことしか考えてなかったのに、コイツはあろうことか無限の選択肢の中から俺を選んでくれたんだ。
唇をかみしめるほど俺は心が震えた。
「なら……王都で会った時すぐに言ってくれなかったのはなんでなんだ」
「それは……ケントくん、少し雰囲気が違って見えたし……久しぶりに会って、何だか顔がかーって熱くなって、それに、知らない子と一緒にいたし……」
この世界に来て俺は生まれ変わったつもりでいた。
ここには物語のように綺麗なものがあると思って、そういうものを信じたい自分が強く表にでていた。
だから元の世界で生きてきた俺とは少し雰囲気が違っていたかもしれない。
ていうか、けっこうフーコは人見知りなんだな。
「でも、やっぱりボクはケントくんに会いたかったから、だからここまで追いかけてきたんです」
「……ありがとう。本当に」
なんて単純な理由だ。
でも、すごく胸がいっぱいになる理由だった。
フーコが俺に、そっと手を差し伸べてくる。
それはかつての相棒のように。
かつて俺がフーコにそうしたように。
「さぁ、行きましょう。ケントくん」
「うん……」
優しさや愛といった、そういう思いから現れた行動だと知ったとき、心に光が差し込んでいく気がした。
周囲の景色が光の中へと吸い込まれていく。
俺たちは……現実へと帰還していくのであった。
「嵐がおさまっていく……終わった、のか」
「どうやらそのようですね」
さきほどまでの嵐が嘘のように、空は青く晴れ渡っていた。
周囲は戦いの影響ですごい荒れ果てている。
すごく長い眠りから覚めたような気分だった。
俺はフーコを抱えて現実へと帰還したのだ。
目の前にはウェルマックスとシルフィ―ドが待ち構えている。
どっちもところどころ傷ができていて、色々と迷惑をかけたことがうかがえた。
「……よっ」
俺は何というか、何とお礼を言っていいかわからず、手で少しあいさつをする。
「フッ、久しぶりだねケント」
「ああ。そうだな」
前に会った時と全く同じ、さわやかな笑顔で俺を出迎えてくれた。
なんとまあ、粋な男だ。
「フーコくんも、よく無事で」
「はい! ありがとうございましたウェルマックスさん」
人見知りっぽいはずのフーコがにこやかに返事をしていた。
これもウェルマックスの人柄の良さゆえだろう。
「それにしても、ずいぶん印象が変わったね」
「え?」
俺のすがたをまじまじと観察した彼がそう言った。
今の俺はどういうわけか、着ていたはずの制服は無く、パワーアップしたウィンディに近い服装になっていた。
少し伸びた髪の毛も爽やかな緑色に染まっている。
これが精霊になるってことなのか……。
でも、理由はなんとなく……わかっていた。
俺の中でウィンディを感じるから……。
だから、そういうことなんだろう。
「難しい話しは後にしないかい? 近くに集落がある。そこでゆっくりと聞かせてくれ」
「ですね」
「そうだな」
何はともあれ、みんなくたびれてしまっている。
俺たちは険しい道を引き返すことにした。
ウェルマックスの提案を受け、俺たちはその近くの集落へと向かうのであった。
近くの集落で休ませてもらうことにした俺たちは小屋の中で腰を下ろした。
そこから始まる俺のがんばり物語。
今までの経緯をまとめて説明していった。
「なるほど、ライライラくんがそんなことを……」
俺の話しを聞いたウェルマックスが深く考え込んでいく。
「力の扉、彼女は確かにそう言ったんだね?」
「……それは一体なんなんだ?」
「古の神話に登場する言葉さ。力の扉はモンスターがいる魔界へとつながっていると言われている」
そうか。
よくわからないが、そういうことなんだろう?
「考古学に精通していたのはなるほど、そういうことか」
「なんだ? ライライラのこと知ってたのか?」
「色々と黒い噂も出回っていたものでね。彼女の研究は興味深いものだったが……どこか執念や恐ろしさを感じるものでもあった。だからケントの話しを聞いて納得したよ」
まあ確かにやべー兵器の研究ばっかだったもんな。
「しかし、人類を滅ぼすとは……穏やかじゃないな」
「ああ……だから俺はアイツを止める気でいる」
「ケント」
グレート火山での一件からけっこうな時間が経っている。
あいつが人口精霊を生み出すための準備がどれくらい進んでいるかはわからないが、急いだほうがいいはずだ。
ライライラの過去に一体どんなことがあったかは詳しくはわからない。
だが、復讐なんてものがアイツを満たしてくれるとは思えない。
俺にはライライラが見せていた偽りのすがた、そのぜんぶが嘘だったとは思えなかった。
それはウィンディも良く感じていたのだろうな。
「ケントくん……」
心配そうな目で俺の服のすそを掴んだまま離さないフーコ。
「大丈夫だフーコ。俺はもうどこへもいかないさ」
安心させるために俺はわしわしとフーコの頭を撫でまわした。
「でも、これは俺自身がつけなきゃいけない決着なんだ」
「……それがケントくんのやりたいことなんだよね?」
「ああ、そうだ」
これは俺の戦い。
ウィンディから託された願いもある。
だからこそ俺は今、前を向いているのだ。
「わかった。だったらボクもついて行きます。もう、ひとりぼっちには……させないで」
「もちろんだ」
俺はフーコの手を両手で包む。
この温もりを決して離さないと俺は誓う。
「私は至急ギルドに戻ってこのことを報告する。上を説得次第、私も力を貸そう」
「たすかる」
仲間は1人でも多い方がいい。
俺はウェルマックスに礼を言い、握手を交わす。
「シルフィ―ドも頼む」
俺はウェルマックスの横にいる彼女にも頭を下げた。
「ええ。……彼女は本懐を遂げたのですね」
「……だといいな」
ウィンディのことを言っているのだろう。
同じ風の精霊同士、感じることもあるのだろうか。
彼女はウィンディをあまりよく思っていなかった気がするが……根はやさしいのだろう。
「彼女のこと、忘れないであげてください」
「忘れるわけないさ。あいつといた日々はこの世界で生きていた証だから」
「……そう言われたなら、精霊冥利に尽きると思います」
では、とシルフィ―ドは姿を消してしまった。
俺は彼女の言葉を深く心に刻んだのだった。
あれから一晩休み、俺たちは馬車に乗って王都を目指していた。
作戦など特に考えてないが、なんとかなるだろう。
「そうだろフーコ?」
「? はい?」
ほらフーコもそう言っている。
俺たちは契約を交わして言葉ではなく心でつながっていた。
つながる心が俺の力だ(半ギレ)
するとしばらくして王都が見えてきた。
たった少ししか滞在していないし、留守にしていないが懐かしい気がした。
だが―――。
途端に爆音が鳴り響いた。
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
馬車が大きく揺れ、俺たちはごろごろと転がっていく。
あまりの衝撃に何事かと外へ出る。
「あ、あれは……」
何があったか確かめるように王都へと目が行くと、外壁の向こうで黒煙を巻き上げていた。
ここからでも大きく見えるほどの規模だ。
相当な爆発があったのだろう。
「まさか……もう動いたのか!?」
ウェルマックスが驚きながらそう言った。
対照的に俺はあの天才のライライラならあるいは……という思いがあったため、何とか冷静を保てている。
「ケントくん」
フーコが俺の手をギュッと握った。
今の俺は精霊だ。
力を十二分に発揮するには契約者であり精霊術師となったフーコの力がいる。
彼女と行動を共にするのは必至だろう。
この先へ進めば戦いは免れない。
もしかしたらまた、俺は大切なものを失うのかもしれない。
そう考えていたら、嫌な汗が背中を伝っていく。
ガタガタと震えが止まらなくなっていった。
『マスター』
ふと、風にのって聞き慣れた声が俺の耳へと入ってきたような気がした。
その声を聞くと、途端に背中の震えが止まる。
そうだ。
この戦い、1人ではない。
彼女の想いはこの胸に、この背中に、生き続けている。
そして何より……フーコがいる。
この愛しい命を守るためなら俺はどんな力にも負ける気がしない。
物語の脚本はすでに誰の手にもない。
俺は俺自身の意志で、俺の物語を綴って見せる
さぁ、勝負だライライラ。
お前が描いた悲劇か。
俺の思い描く喜劇か。
どっちの未来が強いか、今、魂が試されようとしていた。
「ウェルマックス! 先に行ってるぜ!」
「ケント……!? くっ、無茶はするな!」
俺は馬車に乗っていた人々を落ち着かせていた彼に、サムズアップをしてみせると、フーコの手を取り駆けだした。
「行くぜ……フーコ!」
「うん!!!」
迷いのない瞳で返事をしてくれたフーコ。
もう覚悟は決まっている。
今、世界の命運をかけた戦いが始まろうとしていた―――。