ウィンディ その4
某惨劇アニメのシャンデリア百合心中エンドとEDにヒエッってなりました。
「マスター?」
ウィンディが抑揚のない声でケントを呼ぶ。
「マスター返事をしてください。どうしたんですか?」
撃たれたケントを認識できないのか、それとも理解はしていても心が壊れているからか、ウィンディは言葉を発しながら立ち尽くしていた。
「マス、ター」
かすれ気味に出したその声は、少し震えていてるようにも聞こえた。
その光景を傍目に、すでに動かなくなった血まみれのケントの体をライライラは静かに見ていた。
先ほどまで戦いの轟音を響かせていた戦場の面影はない。
ただ静寂だけが場を包んでいた。
もう用はないと身をひるがえして歩き出す。
「また派手にやったな」
すると岩場の陰から見知った声がライライラの耳に入る。
姿を現したのは兎の耳と金色の髪が特徴の少女―――ベルだ。
「遅いですよ。……見てたんですか?」
「まあな。よくもまああんなこと平気でできるもんだ」
「あなたには言われたくないです」
ベルの皮肉に皮肉で返すライライラ。
ライライラは鞄からガラスケースを取り出すとベルに投げ渡す。
「っと」
問題なくキャッチするベル。
その中にはドラゴンの瞳が入っていた。
「それさえあれば討伐の証拠になります。後はギルドでなんとでも。事情説明の方は適当に考えておいてください」
「ああ。たく、ここの下調べするのも命がけだったんだぜ? 感謝しろよ?」
「ええ、まあ」
宝石を見つめるようにうっとりした目でガラスケースを見つめるベル。
ライライラはそれを気にも留めずさっさと帰路についていく。
「おい、アレはどうするんだ?」
ベルの問いかけを聞き体を振り向かせるライライラ。
指し示されていたのは未だに動きを見せないウィンディだった。
「捨てておきなさい。アレにもうできることはないでしょう」
「ふーん……」
ベルは元からあまり興味がなかったのか、それだけ聞くと倒れ伏しているケントに近づいていく。
「何しているんですか?」
「いや、金目のモノ持ってないかなって」
そういうとベルはケントの体を漁り始めた。
ライライラはとても冷たい目でそれを見ている。
「どこまでもがめついですね」
「金が必要なんだよ、言っただろ?」
「ご家族が病気なんでしたっけ。早く元気になるといいですね」
「心にもないことを……」
仲がいいわけでも気の知れたというわけでもないような会話。
ライライラにとってはベルも利用し、利用される間柄でしかないのだ。
「私はもう行きます。また仕事を依頼することもあるかもしれませんのでその時は」
「ああ。いつでも歓迎するぜ。報酬さえあれば、な」
「わかっています。ああそれと」
「なんだよ?」
「私の邪魔だけはしないでくださいね」
それだけ言い切るとライライラは今度こそ振り向かずに来た道を戻っていくのであった。
「まったくおっかない……ウィンディもそう思わないか?」
「……」
ベルは去っていくライライラを見送りながら独り言のようにそう言った。
ウィンディはその言葉に答えることはない。
ただ黙ってケントを見つめていた。
「お前らのこと嫌いじゃなかったけど、悪いな」
漁る手を止め、ウィンディに向き直るベル。
「ああそれとこれ」
自分の鞄から一冊の本を取り出した。
古ぼけてカバーがところどころやぶけており、かなりの年代モノであることがうかがえる。
「ほ……ん」
問いかけに無反応だったウィンディが初めて興味を持った。
まだかすかに感情が染みついているのがわかった。
「新しい本だ。ちょっとしたお詫びってことで」
ベルはそれだけ言うと、地面に本を置く。
そして再びケントの荷物に手を入れていく。
「おもしろいこと書いてると思うぜ。読んでみな」
そしてひとしきり手を付けたのか、ふうっと息を漏らした。
「じゃ、もう会うことはないだろうけど、元気でな……っていうのもおかしいか」
今だ黙り込むウィンディを哀れむようにそう口にするベル。
「さよなら」
ベルは特にケントの体からモノを取らずに立ち上がった。
そしてライライラと同じように火山を降りていった。
残されたウィンディはケントを見つめ続ける。
その時だった。
ウィンディの手が地面に置かれた本に伸びる。
そしてゆっくりと本を広い、それを開いていく。
感情の無い目でページを目で追っていく。
ウィンディがパラパラとめくっていき、とある場所で手を止めた。
プルプルと手をふるえさせながらそのページをじっと見ていた。
「マ、スター」
本を閉じると、もう用はないというように手から滑り落とす。
「マス、ター」
ウィンディはゆっくりとケントの体に覆いかぶさるように抱き着く。
「マスター……」
色がなかった瞳がかすかに鮮やかになる。
心が壊れたはずの彼女は優しい声で主を呼ぶ。
そしてわずかに涙が零れた。
「ありがとう―――ございました」
目を閉じ、眠りにつくように顔をケントの胸にうずめる。
すると漆黒の体から淡い光が玉のようにふつふつと湧き上がる。
「―――さようなら」
やがてウィンディの体から色が透けていく。
彼女から湧き出た光がケントの体を包み込んでいく。
別れの言葉を告げる彼女の最後の表情は、聖母のようにとても慈愛に満ちたものであった―――。