過ぎ去りし思い出
夏影聞きながら過ごす冬
ライライラが言った通りギルドにはドラゴン討伐のクエストが貼り出されていた。
強大な力を持つモンスターであるドラゴン。
駆け出しの俺に受けられる仕事なのか疑問だったが、なんでも俺はSSSランクという冒険者の中でも最上級の評価を受けていた。
そんな過剰にも思える期待に俺は悪くない気分だった。
そして依頼を正式に受けた俺たちはグレート火山という場所へ行くために奔走していあのであった……。
「じゃあ私は個人的な用事もあるのでいったん別行動させてもらいます」
「ああ。俺もありったけの登山グッズかきあつめておくぜ」
「ではシーユー!」
「バーイ!」
商業区でいったんライライラとは別れる。
旅の準備というのは色々あるのだろう。
特に疑問もなく別行動になった。
俺とウィンディは店をはしごして旅に必要な道具を買いあさっていく。
「ウィンディ、おやつは300までだぞ」
「わかってますマスター」
「ほらお金。買い物の仕方は覚えているな?」
「もちろんです! では!」
ウィンディは俺からお金を受け取ると食品店へと入っていく。
俺はというと疲れにつき少々ベンチで休ませてもらっていた。
荷物を置いて一息つくと街を行き交う人たちが見える。
洋風の石の街並みもあり、その光景が俺にはまだ珍しく映った。
1人になると途端に前の世界が懐かしく思える。
今の世界が充実してないということではない。
だが、動物とふれあったりできないことに寂しさを感じていた。
この世界には動物園も無ければペットショップも無かった。
なぜだ。
ペットを飼ってる知り合いもいないため打つ手が無かった。
まあ、いいか。
今はそれなりに寂しくない人生を送っているのだ。
それで生きがいの1つや2つできなくなったとしてもだ。
「あの」
「うん?」
ぼーっと考えごとに夢中になっていると、知らない人に声をかけられた。
「隣良いですか?」
俺があまりにもわが物顔でベンチに座っていたためか、利用者に確認を取られてしまった。
見ればその人も荷物をたくさん抱えている。
「あ、すみません。どうぞ」
「ありがとうございます」
俺は自分の荷物をいったん下に置いて座ることを促した。
昼間だというのにその人は黒いフードをかぶっており、少し怪しかった。
日焼け防止だろうか。
「暑くないの?」
「えっと……そんなには」
気が付けば俺は疑問を声に出していた。
普段1人ならばあまりしないことを自然にしていたことに自分でも驚く。
黒フードの人は戸惑い気味に答えてくれた。
声は少し幼い感じで、もしかしたら子どもなのかもしれない。
女の子だろうか。
「……」
そっと俺はフードの中を覗き見る。
「わっ」
過剰なまでにびっくりされてしまった。
フードをさらに深くかぶられてしまう。
しまった、デリカシーがなさすぎた。
「わ、悪い。ええっと……」
俺は悪くなった空気をよくする方法を探す。
すると食品店の前にあるジュースを売る屋台を見つけた。
「ちょっと待ってな」
「え」
屋台に行き、ジュースを2つ買う。
甘い果実でくせがなさそうなやつを注文して、それを受け取る。
そしてベンチに戻って黒フードの子に差し出した。
「ま、お詫びってことでこれで勘弁な」
「え、あ、あの……」
黒フードの子は遠慮しているのかあたふたとしていた。
「飲んでみろよ。けっこううまいぜ」
「あぅ……」
俺は自分の分に口をつけた。
シロップのような甘さと果汁のような酸味がちょうどいい、
「い、いただきます」
そんな俺を見て、おずおずとコップを受け取った黒フードの子はおっかなびっくりに口をつけていた。
「お、おいしい……!」
大げさなほどにリアクションが大きかった。
まるで初めて高級料理を食べたような反応をしてくれて悪い気がしなかった。
「ミルクよりおいしい飲み物がこの世にあったなんて……!」
そん なに?
ペロペロと舐めるように飲んでいくのを俺は眺める。
まるで子犬みたいだなと思った。
どこか懐かしい気分に俺は心が満たされていくのを感じる。
どこかで同じやりとりをしたような……そんな気がした。
「ごちそうさまでした」
「おう」
ジュースを飲み終わると律儀に手を合わせて挨拶をしていた。
怪しさの割に礼儀が身についた子だな。
「あの……」
「ん?」
黒フードの子が俺に何かを言いたそうにしていた。
「お名前を教えてほしいんです」
「名前?」
不思議だ。
なぜか名前を尋ねられた。
自分で言うのもなんだが俺も怪しい人物に分類されるはずだが。
「健斗だ」
「……」
「……聞こえた?」
「え、はい」
決め顔で自己紹介をするが、まさかのノーリアクションでスルーされた。
つらい。
「ケント……くん」
「お、おう」
まさかのくん付けだった。
さんは……いらない!
「ボクは……」
「マスタ~!」
黒フードの子が何か言いかけた時、俺を呼ぶ声が聞えた。
ウィンディの声だ。
声の方を向くとウィンディがお菓子の袋をパンパンにして持っていた。
どうやってあの金額でそうなるんだ。
ニッコニコでこっちに駆けて来ていた。
「いた!」
こけた。
いたそう。
「悪い、行かなくちゃ」
「あっ」
何か言いたげだった黒フードの子に別れを告げ、ウィンディの元へと駆け寄る。
「じゃあな!」
俺はあの子に別れをつげるとウィンディを抱え起こす。
「大丈夫かよ」
「へいきへっちゃらですぅ……」
涙目になりながらそういうウィンディ。
ぜんぜんへっちゃらじゃなさそうだが。
「やれやれ」
「ううっ……マスタ~」
俺は半べそをかくウィンディを抱っこして歩き出す。
最近勉強に熱心で知識もどんどん増えたようだがまだまだ仔犬よ……。
ふと、今もベンチに座ってるだろうあの子が気になった。
ちらりと後ろを見るとどこか寂しそうにあの子もこっちを見ていた。
俺は少し、胸の奥がちくりと痛んだ。