ライライラ その3
「どーもークエストを受けてきたものです」
学院にやってきた俺は指定された住所……ライライラの研究室へとやってきた。
この学院にはこういった部屋がいくつもあり規模の大きさをますます実感する。
「はーい……ってケントさん?」
「来ちゃった///」
「キモ」
久しぶりのこの気心の知れたやりとりに俺は懐かしさを覚える。
持ってきた荷物を部屋に置いてある一番きれいな机に置いた。
研究室の中はウェルマックスのいたところとは違い、無造作に色んな器具やら実験の材料、書類やらが散乱していた。
本人の性格がうかがえる。
哀れな……いや、たががノーバディだ。
相棒がいる俺と違い世話をしてくれる人がいないのだろう。
「はい、じゃあ代金です」
「まいど」
手数料諸々をいただき卍!!!
お金を財布へとしまう。
「そうだ。せっかく来たんですからお茶でも飲んでいってください」
「ロイヤルミルクティーでたのむ」
「わたしも」
「遠慮って知ってます?」
ライライラの提案によってお茶会が開かれた。
慣れた手つきでお茶を用意していくライライラを見ながらじっと待つ。
「あのマスター、ろいやるみるくてぃーってなんですか?」
「それはそれはロイヤルでミルクなティーのことさ」
「???」
などと他愛のない話をしているとライライラが帰ってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
差し出されたロイヤルミルクティーを飲んで一息つく。
おいしい。
「すごくおいしいです」
「当然です!」
ウィンディの素直な感想にえっへんと言わんばかりのポーズを取って、ネコ耳をシャキンと伸ばしている。
褒められて伸びるタイプだなたぶん。
久しぶりに顔を見たが元気そうで何よりだ。
そろそろヒロインとしての本懐を果たしてもらいたい。
「それにしてもあんな変なの何に使うんだ?」
俺は届けた荷物を見ながらライライラにそう尋ねる。
「これは魔火薬の材料なんですよ」
「なんだそりゃ」
また聞き慣れない単語が出てきた。
どうせ魔学だろうが。
「普通の火薬と違って魔力を流すことにより爆発する特殊な火薬です。ちょっとした魔学の応用なんですけど~」
ペラペラと色々教えてもらったがまるで意味が分からない。
魔学とはかくも小難しいものなのだな。
「あれ? その魔火薬以外の材料もあるみたいですけどこっちは……」
「あはは~! そっちは趣味で遊ぶ用です!」
ええ……。
「危ないことはするなよ?」
「わかってますよ~」
悪びれた様子もなくそう返事をするライライラ。
ちょっとこわい。
「あ、そういえばちょっと見てほしいものがあるんですよ」
「へーなんだよ」
急にライライラは机の上の箱を空けてこちらに見せてきた。
「これは……!」
俺は箱の中身に衝撃を受けた。
なぜならそこに入っていたのは……銃だったからだ。
「これが課題の提出物用に作った……名付けて魔銃です!」
どんなビックリドッキリメカかと思ったらシンプル凶器だったことに俺は驚きを隠せない。
「は、犯罪だ……」
「チっチッチ……これは魔力を持たない人間には撃てない仕組みになってるんです。だから法には触れてないんですよ……!」
この世界の法律は詳しく知らないが、恐らくグレーゾーンで反復横跳びをしているライライラ。
こわい。
「じゃあ魔力を持った人間って結構貴重なのか?」
「それはそうですよ。魔女の血筋はそう多くありませんから」
「魔女……?」
「精霊をしたがえずとも魔法を行使できた人間のこと……ですよね」
ウィンディが俺の疑問に答えるかのようにライライラに質問する。
「ええ。よく勉強してますねウィンディちゃん」
肯定するライライラ。
しかし魔法は精霊がいないと使えないのか。
どうりでチートを持っているのに魔法が使えないはずだ。
「魔女は古の時代あらゆる災害やモンスターを鎮めてきた超常の存在。ですが強すぎた力ゆえに人々から恐れられてもいました」
「よくある展開だな」
「そうですね。やがて魔学が発達して自然やモンスターから身を守る術を手に入れた人々は魔女を迫害しました」
「ひどい」
「そして息をひそめながらバラバラに暮らすようになった魔女たちは、後世に魔法を伝えることもなく世界からひっそりと消えていったのでした。おしまい」
昔話を語るように淡々と言い切ったライライラ。
なんというか……魔女さんかわいそう。
まあ異世界ではよくあることではないだろうか。
俺のいた世界でも魔女狩りと称したものがあったっていうし。
しかし精霊を通さず魔法を使うだなんてことが可能だったのか。
だが、そうすると一つだけ疑問が浮かび上がる。
「じゃあ精霊ってなんなんだ?」
「え?」
ライライラはなぜかびっくりした様子で俺を見た。
精霊は魔法を使える。
魔女も使える。
俺は両者に違いがあるように思えなかった。
そしてライライラは目を閉じてしばらく唸ったあと……口をひらいて答えてくれ―――
「……さぁ?」
―――なかった。
溜めに溜めて出た答えに俺は椅子から転げ落ちる。
ええ……。
「人類が生まれる前から存在していたとも言われてますけど、体全体が魔力で構成されている以外は実はよくわかっていないんです」
席を立ち、黒板の前で精霊について説明を始めたライライラ。
カッカッカとチョークで色々と書いていく。
が。さっぱりわからん。
「精霊は自分が認めた相手としか契約を結びませんからね……研究に協力的な精霊はいても圧倒的にデータが足りない状況ですから。なかなか日進月歩とはいかないんですよ」
かろうじてなんとなくちょっとだけわかった。
ようはなにもわからないんだな!!!
「ふーん」
「あはは……」
俺の顔を見るなり苦笑いされた。
なぜ笑うんだい?
けど、いつもの陽気な性格が抑えられ、まるで研究者のように立ち振る舞う姿にちょっと驚いた。
こいつほんとに中学生か?
しかし妙だな。
精霊の研究が進んでないと言いながらウィンディのような存在を作る技術があるのはおかしいんじゃないか?
けど、あの時はどうも偶然出来てしまった感じだったし……うーん。
「ケントさんにはちょっと難しかったですかね?」
しかめっ面になった俺を見て苦笑するライライラ。
ち、ちが、俺はちょっと考え事をしてただけで……!!!
「ああ。さっぱりわからないぜ!」
「わお正直」
しまった!!! 今度は建前と本音が逆に……!!!
「マスターも知らないことがあるんですね」
ウィンディは敬いの目でライライラを見ていた。
ここにきてライライラの株がぐーんと上がったようだ。
みんなも言動には気を付けよう!!!
「んー! これで課題も終わったしまた旅ができますよ」
「え? 授業は?」
「卒業までの単位はすでにとってます」
「マ!?」
やはり天才か……。
容姿端麗。料理上手。頭脳明晰。
馬鹿な‥‥‥完璧すぎる。
俺は人間的なステータスの差にショックをうけた。
「大丈夫ですよ。私の心はいつもケントさんと共にあります」
しかし、俺の悩みなどお見通しだと言わんばかりに殺し文句を言って来る。
そして俺の手を両手で優しくつつみこんでじっと見つめてきた。
いやん……みないでくだしゃい……///
「だからちょっとついて来てほしいところがあるんですけど!」
「あ、うん……」
なんとなく察した。
途端に感情が冷えていく。
やれやれしょうがないな……。
「で、どこに?」
「ドラゴン退治です!」
……?
「……?」
「……?」
「だからドラゴン退治ですよ」
俺とウィンディは顔を見合わせて
疑問符を浮かべる。
やれやれお話になりませぬな……。
出資者は無理難題をおっしゃる。
「じゃあ出発しますよー」
「はやい!」
すでに準備を終えていたのか、ライライラが背負った鞄はパンパンに膨らんでいた。
本当に行くのか‥‥‥。
「まずは商業ギルドに行きましょう。恐らくドラゴン討伐の依頼が舞い込んでいるはずです。報酬金も手に入って一石二鳥ですよ!」
ずかずかと先に歩いて行ってしまうライライラ。
こいつの行動力は底なしか?
「やれやれ……目立つのは嫌いなんだけどな」
「え」
俺は未だにドラゴンに驚いているであろうウィンディの手を掴んで走り出す。
あいつと関わるといつも厄介ごとに首を突っ込むことになるな
けど、俺は激闘の予感に震えながらもどこかワクワクしていた。
そして尊敬していたのだ、彼女を。
だからこそ降ってわいた展開を俺は疑うことすらも忘れていたのだった―――。