祭り-1[7/22]
私と彼は連れ立って、元の道へと戻った。
そして再びムラムを追って沖へと向かう。
マリオネットはさすがに慣れているようで、照明を持っていなくても私より軽快に進んだ。
道中、彼は手に馴染ませるためにオカリナを始終演奏し続けた。
彼の腕は逸品であると同時に持ち歌も豊富で、愉快な曲も悲しい曲も暗い曲も吹けるようだ。
私の知っている曲もいくつかあり、歌詞を知っていれば彼の楽曲に合わせて口ずさんだ。
彼は私の声は綺麗だとお世辞なしに褒めてくれた。
音に敏感なムラムは、多くのうちの何匹かが私達に合わせて飛んでもいた。
ムラムは自身の摂取する栄養に音も含まれている。
十二音階中半分を記憶し、様々な生命活動に使うこともある。
なので時折、森の奥でムラム達が歌っていることがあるらしいと、過去に吟遊詩人から聞いたことがある。
それが事実なのか御伽噺なのかは定かではない。
もしも本当ならいつか聴いてみたかった。
次第に霧が濃くなってくる。
もう二、三メートル先も見通せない。
辺りを飛んでいたムラムの体表面が紫から橙色になる。
マリオネットによると祭り場が近くなった為に、霧の具合と混ざり合ってそうなるのだという。
ムラムの色が変わるのなら、もうあまり遠くないようだ。
何やら私達以外の話し声が聞こえてくる。
モンブランの幹の広場が急に増えてきた。
あちこちの広場で雑談会とでも言うべき集まりができている。
人種は様々で、商人もいれば異人も貴族もいた。
球体間接人形や鏡の精、半人半獣、ブリキのロボットなど誰もが静かに会話に花を咲かせていた。
その中でもムノと同じ種類の蝶達が、給仕であちこちを飛び回っている様子が一際目立っている。
滑らかな楽曲が流れている。
透き通った雰囲気のクラシックだった。
音源のほうへ向かっていくと、結構大きな広場があった。
そこには一つの大きな楽団を中心として、個々に楽器を携えた音師達が集まっていた。
私はここが祭りの会場なのかとマリオネットに聞いた。
「いいえ、ここは祭りに参加する音師達が与えられた役割をこなすために打ち合わせや準備をする場所です」
祭り場はムラム達を追って、もう少し奥にある露店商の集まりの先だという。
マリオネットはここで自分も音合わせをするらしく、私に別れを告げて音師の集まりに消えていった。
彼が言うには祭り開始までにはまだ若干の余裕があるので、雑談会に参加して親睦を深めたり露店商を回ったりして祭り場付近で遊ぶのが定石らしい。
自分の演奏の時は是非見てほしいとも言っていた。
私はムラムのいる道に戻り、猶予のある時間の身の振り方を考えた。
すると、銀の盆にコップを載せた給仕の蝶が飛んできた。
「こんにちは。お飲み物をお配りしています。ワインやハーブ酒、色水やカクテルもありますがいかがですか?」
蝶が色彩豊かな飲み物類が載った盆を私の前に差し出す。
「あ、じゃあカクテルをください。できるだけ甘いのを」
「カシスでよろしいですか?」
私は頷き、蝶から月光色のカクテルを受け取る。
口をつけるとカシスの甘酸っぱさが舌に広がった。
ソーダ水が加えられていて口内で炭酸が弾ける。
知らない間に喉が渇いていたようで、一口で半分ほども飲んでしまっていた。
カクテルはカシスにしてはややアルコールが強く、心地の良いほろ酔い気分になった。
「美味しいですね。癖になりそうな味です」
蝶は首を傾げて嬉しげだった。
「でしょう? 私も好きなんですよ、これ。キャロルといいます。あれ? もしかして貴女は北の庭の方ではないですか?」
「はい、そうですけど」
蝶は親しげな笑みを浮かべる。
「やっぱりですか。私の甥も北の庭に住んでましてね。瞳が綺麗な茜色だと聞いていましたから。ここのお祭りは初めてですか?」
「はい。ですが見知らぬ土地なもので、どこから回ってみたらよいものやら。考えていたところなんです」
「そうですか。うーん……ここでの遊び場は自分で選んだところが一番になると思います。ですが初めての方なら露店商をお勧めしますよ。ここでしか売ってないものもありますし、見世物小屋なんかも楽しめますよ。なにより祭り場から近いので迷うこともありません」
「ならそちらのほうへ行ってみます」
「楽しんでいってください。よい夜を」