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湖-1[5/22]

 湖の端に立って、半メートル先のモンブランの幹に狙いを定める。

 地面を蹴って飛び移る。

 そうして幹から幹へ飛び移りながら、沖の方を目指した。

 モンブランの幹は適度な柔らかさがあり、踏むと少し沈んだ。

 葉から染みたと思しき赤色が、木靴を薄く染めた。

 モンブランの幹は高さに均等性がなく、移動しようとした次の幹が私の身長よりも高い位置にあったり、水面より下だったりもする。

 その為、前進は遅々として進み難かった。


 どれくらいの時間進んだのか。

 二時間か、三時間か。

 私に時間を確かめる術はないので、今が何時かもわからなかった。

 

 唯一、古びて安っぽい水銀時計を持っている。

 だが、もう何十年前に動かなくなくなったのかも定かでない年寄りだった。

 分針は埃で固まってしまっているし、教えてくれる時刻も全くの出鱈目でたらめだ。

 表面に描かれた雪獅子の絵柄が気に入っていて持っているだけのただのアンティークなのだ。


 それでも少し進んだだけで、ムノの姿もお茶会をした菫層の絨毯も、木々に阻まれて見えなくなっていた。

 霧も徐々に濃くなってきていて方角がわからない。

 祭り場を目指して飛んでいくというムラムのおかげで、向かうべき方向だけは見失わずに済んだ。


 更に沖になると、ムラムの姿が急に増えた。

 お祭り場が近いということか。

 ここまで来て、霧もさらに濃く深くなった。

 黒みを帯びた霧が厚く漂っている。


 私は手近な幹の凹凸に腰を降ろし、ムノから貰った小瓶を鞄から取り出した。

 リーフの紐を解いてコルクの蓋を開ける。

 瓶の中身は微かにマロンクッキーのような甘い匂いがした。

 瓶を揺らすと、白と金の粉末が煌いた。


 袋の水を瓶の三分の二程度注ぐ。

 水が粉末と混ざり合う。

 しばらく粉末が光の軌跡を残して水中で暴れた。

 やがて金色の粉は完全に水に溶け、白色の粉は底に沈殿して気泡を吐き出しだす。


 すると、瓶の水は湖の褐色より明るい赤に光りだした。

 ぼんやりと柔らかい光であるが、足元を照らし歩くには十分だった。

 よく見ると、水の中で星屑がぶつかり合ってもいた。

 細かい光の点として小宇宙のようだった。


 不思議なことに、瓶の赤でモンブランの薄赤い表面を照らすと暗い青色に見えた。

 中空に漂っている霧が原因かもしれなかった。


 幹の段差を五つほど超えた時だった。

 どこからか誰かの啜り泣きが聞こえてきた。

 私はムラムの群れから少し離れて、そちらの方へ行ってみた。

 胸くらいの高さの段差を上った。


 三人くらい座っても余裕がありそうな場所が開けた。

 そこに少年の姿をした小柄なマリオネットがへたり込んでいた。

 顔を伏せて泣いている。

 私は近くに行って彼の肩に手を置いた。


「どうしたんですか、何を泣いているの?」


 彼は顔を上げ、涙で濡らしたカフスボタンの目で私を見上げた。


「……どちら様ですか」


「私はリリスといいます。誰かの鳴き声が聞こえたので来てみたのです。なにをそんなに悲しんでいるのですか?」


 マリオネットは実は、と傍らの地面を指差した。

 そこには細かなガラスの破片が散らばっていた。


「ぼくは光り観のお祭りで笛師をしている者です。毎年お祭りでは笛で音楽を担当しています。今年も新しい楽章を携えてお祭りに向かっていました」


 私は光り観のお祭りとはムノが言うところの灯り集めの祭りのことだろうと思った。

 

「なるほど」


 マリオネットはガラスの破片を悲しげに擦る。


「ですが、ここへ来てうっかり真空細工で造られた白鳥硝子の横笛を落としてしまったのです。この通り粉々なのです。予備も持ち合わせていません」


 彼はああどうしようと頭を抱える。


「直すことはできないのですか?」


「……おそらく無理だと思います。ぼくは不器用ですし、よしんば修復できたとしても楽器として演奏することはできないでしょう」


「それはお困りですね。今年は参加を見合わせては如何ですか?」


「そんなことはできません。ぼくは毎年出ていました。お恥ずかしい話ですが、ぼくはマリオネットのくせに踊りもできなければ歌も歌えません。伝道師のようにお話を語ることもできません。唯一つの取り柄が楽器なのです。何もできないぼくなど鼻つまみ者です」


 彼は感情が昂ぶり、わっと泣き出した。

 私は彼に同情し、なんとかしてあげたいとも思った。

 鞄を漁って何か代用品がないかと探す。

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