森-4[4-22]
「何かあるんですか?」
私はムノに尋ねる。
彼はカップの中身を捨てながら不思議そうな目で私を見る。
「おや? てっきり私は貴女がお祭りを見に来ている方かと」
「いいえ、初耳です。お祭り……ですか?」
ムノがカップを綺麗なハンカチで丁寧に拭く。
「そうですね。この辺の習慣といいますか。暖かくなると誰とも知れずに催されるのです。呼び方はいろいろですけど、私の仲間内では灯り集めのお祭り、なんて呼ばれています」
「灯り集め……」
「いつ行われる予定なのかは誰も知りません。催されるその日になって、こうやってたくさんのムラム達が湖の沖の方へ集まっていくんです」
ムノが湖の沖を見つめる。
その瞳に何が映っているのか。
深い黒にムラムの光が映えていた。
「どんなお祭りなんですか? よかったら聞かせてください」
「そうですね。とても綺麗なお祭りですよ。ええと……貴女は見たことがないのですよね。お祭りには参加されますか?」
私は少し考えてから微笑む。
「えぇ、できたらそのつもりです」
ムノの目が悪戯っぽく微笑む。
「じゃあ、秘密です。行ってからのお楽しみですよ」
私は苦笑う。
「意地悪なんですね」
私たちは互いに笑う。
しかしムノはすぐにはっと何かに気付き、バスケットから懐中時計を取り出した。
ひどく年季の入った時計だった。
水銀電池を使わない螺子巻き式だ。
彼は残念そうに触覚を内側に折り曲げる。
「どうしました?」
「いえ、もう少しお話していたかったのですが。お祭りに出るのならそろそろ貴女は行ったほうがいい」
「もう始まる時間なんですか?」
「えぇ、始まるまではまだ時間はありますが、歩いていくならちょうどいい時間になるでしょう。見たところ貴女は舟もお持ちでないようだ。歩くと意外に時間が掛かります」
「わかりました。じゃあ、そろそろお暇しますね。お茶ご馳走様でした」
私は立ち上がり会釈をする。
飛んでいるムラムにぶつからないように気をつけて木靴を履く。
「あぁ……ちょっとお待ちなさい。もう夕刻近いから、これを持っていくといい」
ムノがバスケットから小振りの瓶を取り出して私に手渡す。
瓶は薄いキャラメル色でコルクで蓋がされていた。
六方をリーフで縛り、頭に輪っかの取っ手がある。
中身は何やら底のほうに白っぽい粉が一、二センチ積もっているだけだった。
白い粉に混じって金色の粒もあり、瓶を揺らすとちらちらと輝いた。
「これ、なんですか?」
ムノは水筒の水を別の袋に入れて私に渡す。
水は普通のろ過水だった。
「それは野蛍の死骸と黄金虫の羽根を細かく砕いて混ぜたものです。水に浸けると反応して光り続けます。この湖は沖の方へ行く程に濃霧で暗くなってしまいます。それをランプ代わりにしてください」
「ありがとうございます」
ムノはただし、と加えて続ける。
「量としては十二時までしか保ちません。帰りは祭り場で粉を貰ってくるのを忘れてはいけませんよ」
「わかりました。それじゃ失礼します」
私はムノに別れを告げる。
彼の振る手に送られてお茶会を後にした。