森-3[3-22]
カップを手にする。
程好い温かさだった。
「いただきます」
口の中にハーブに似た香りが満ちる。
少し薄味だった。
紅茶というより薬草茶に近い。
今まで飲んだことのない質のものだ。
「いかがですか? 若い方には少し薄いでしょうか」
ムノもまた紅茶に口をつける。
「いえ、とても美味しいです。不思議な味ですね。どこか甘くて……」
彼は私の反応に満足そうにうんうんと頷く。
「遠くから来られた方は皆さんそう仰るんですよ。この葉はこの辺りの気候でしか取れないもので。あぁ、そうそう。この辺りは苔が濃いので紅茶に入っても飲み込まないでください」
「なるほど。どのような木から取れるのですか?」
彼は湖の上に乱立する木々を指す。
「あれですよ。あの木はモンブランといいましてね。水の中で芽を出して育つんです。葉は幹の中で息吹くという変わり者たちでね。その葉を手もみで洗ったものを使っているんです」
確かにこの辺り一帯の紅樹に比べて、水上に立っている木達はどこか赤みがかっている。
それこそ紅樹という名前が似合いそうだった。
葉も表面には目に付かない。
「もしかしてこの湖が赤いのも……?」
「えぇ……お察しの通り。感の鋭い人だ。幹の内で葉に染みた水が外に漏れているんです。なので湖に赤みがかってしまっているんですよ」
「天然の紅茶ということですね」
ムノが優しく苦笑する。
「でも、あれをそのまま口にしないで下さいね。光り苔が溶け込んでいるので飲むと病んでしまいます。と、お茶菓子も召し上がってください」
本当だ。
発光苔類が燈篭のように浮かんでいる。
沖の方でぼんやりと灯る大きな光も、光り苔が混ざり合って大きくなったものだろう。
くっつき具合によっては蒼白かったり薄黄色だったりして、まるで線香花火のようだった。
勧められたお菓子を手に取る。
虹色で円形な砂糖菓子が碗の中に盛られてた。
全体にまぶしてある白い粉はクリームパウダーのようだ。
甘くて紅茶に良く合う。
「美味しいです」
「そうですか。それはよかった。しかし残念です。少し前なら上質なチョコもお出しできたのに」
ムノが肩を落とす。
「いえ、そんな……」
ふいに私の前を、ナイロンの小さな蝶が柔らかい軌跡を残して横切った。
細かなリンプンが舞い落ちる。
ムラムという小型の蝶だ。
体組織が土地の気質や光源の具合で変化する。
今のは紫色だった。
ムラムは一匹だけではなかった。
ちらちらと森の木々から生まれて湖の沖へと飛んでいく。
ムラムはとても苔に弱い生き物で、触れただけで死んでしまう。
なので半分近いムラムは天から降ってくる苔で死に落ちてしまう。
それでも辺りには珍しいくらいの量のムラムが舞っていた。
「もぅ……またこの子達ですか。あんまり粉が入ると紅茶が傷んでしまいますよ」
ムノはムラムのリンプンが降り掛からないように、茶菓子やカップにハンカチを被せる。
「珍しいですね、こんなにたくさん……」
ムラムは個々に生まれる季節もばらばらなら、生活も全くの個人主義だ。
こうして群れで見かけることは非常に少ない。
ムノは思い出したように顔を上げ、触覚を動かす。
「あぁ……そうか。もうそんな時期なんですね……」
無自覚に彼の手は止まる。
ムラムのリンプンが一摘まみカップに入ってしまう。