遺跡-6[20/22]
「私は神に祈りました。女性になりたい、と。理不尽で我侭な願いだとは分かっていました。きっと叶うことはない。そう頭では理解しつつも、私は朝、夕と百日祈りました」
姫様は残っていた紅茶を飲み切り、私にごちそうさまとコップを返した。
私が水筒やお菓子の残りを片付け終えるのを確認してから、再び歩こうと誘った。
「百一日目の朝のことです。その日も私は大聖堂で目を覚まし、朝の礼拝に向かいました。神に祈りを捧げ黙祷していたとき、啓示が下ったんです。私の祈りを見ていたと神が。そしてさらに百日の礼拝の後、私の願いを叶えてくれると」
彼女は苦笑し笑い声を漏らす。
その声は細く、どう聞いても女性のそれだった。
「もちろん、私もすぐには信じられませんでした。夢か現か。果ては幻だったのではなかったのかと。神が私のような矮小な人間を、気にしてくれていたのかも不思議なくらいでした。ですが……。見てください……」
姫様は後ろ髪を掻き揚げる。
白く細いうなじが晒された。
そこにあったのは十字の痣のようだったが、痣というには色は姫様の肌よりも白かった。
その上、規則的に拍動していた。
「約束の……証らしいのです」
姫様が大きく息を吸って吐く。
「神は仰られました。私の願いは叶うけれども、それは生まれ変わることが条件であると。今日がその百日目。私は消えてなくなってしまうのでしょう」
姫様に次に案内された場所は、比較的風化の遅い建物だった。
姫様はそこを、エイガカンと呼んだ。
エイガカンは入り口を抜けると受付があった。
受付の椅子には、ブリキのロボットが座っていた。
ロボットは壊れているように見えたが、私達が近づくと、目とアンテナを光らせていらっしゃいませと迎えてくれた。
姫様は硬貨数枚をロボットに渡し、オトナフタリと呪文を唱えた。
そうするのがここでの決まりらしかった。
受付の先は円形のホールだった。
六つの部屋に別れ、それぞれの部屋の上にポスターが張られていた。
怪物が大口を開けているものや、男女が抱き合っているものもあった。
姫様は迷わず部屋の一つに入っていく。
部屋の中は暗く、天井の照明が全て割れているので明かりはない。
外ではあれだけ満ちていた光も、ここには入ってこない。
部屋は正面の壁に厚いカーテンが引かれていて、椅子がとてもたくさんあった。
姫様が中ほどの席で椅子についた埃を掃ってから、私に座るように勧めた。
椅子のクッションは年月が経ってしまった為に硬かった。
「ここは過去のマドリガルの住人達が、エイガというものを観るための場所だったようです」
「エイガ……?」
「壁に映される絵が動きお話を見せてくれるものです。とっくの昔に使う人はいなくなってしまいましたが、ここに暮らすロボット達が、なんとかここを動かしているみたいです。あ、ほら、始まりますよ」
部屋にブザーの音が鳴り響く。
やがて正面のカーテンに四角い光が映った。
光源は私達のずっと後ろの上にある小窓からだった。
小窓の先で、受付とは違うロボットが機械を弄っていた。
正面のカーテンの四角い光に、丸い頭と長方形の体、細い棒の手足を持った生き物が映る。
生き物は二本足で立って歩き、それが人間であることを示していた。
やがてそれらが画面に増えていくと、どうやらマドリガルの元住人であることが分かった。
色は白と黒で構成され、音はしない。
光を映す機械のカタカタと音だけがした。
画面で、数人の住人がキャラバンで移動している。
キャラバンはあちこちを回り、住人達は自らの永住できる場所を求めて彷徨った。
旅の末、住人達はマドリガルの、まだ何もない更地に住むことを決めた。
住人達は地を耕し、石を運び削り、暮らすべき場所を造っていった。
やがて居住区ができ、商店ができ、神殿ができ、王宮ができた。
人々は選挙で王を決め、神官を決めていった。
地に秩序ができ、平穏が徐々に満ちていく。
しかし時には事件も起き、人は死んだ。
私は隣でエイガに見入っている姫様に聞いた。
「姫様は、消えるといいましたけれど、それは死ぬということですか?」
彼は考えてから、言葉を返した。
「死ぬという言い方は適当ではないかと思います。でも、それと近いことではあるのでしょう」
「恐くはないのですか?」
「……恐く……ないことはありません。消えた後を考えると、自分がどこに行くのか、どうなるのか、もしかするとそれはとてつもなく痛いことなのではないか、と恐ろしくもあります。ですが、このまま自己に違和感を持って生きていくのはもっと恐い……」




