遺跡-5[19/22]
私達は手近な、倒れた柱を見つけて座った。
祭り土産の菓子を出して姫様と一緒に食べ、モノスに貰った紅茶を飲んだ。
姫様は砂糖菓子を一つ食べて、紅茶を口にした後、ゆっくりと息を吸って吐いた。
そして言った。
「私はもうすぐ消えてしまうの」
私はその意味を必死に理解しようとした。
「消えるって……」
死んでしまうという意味なのだろうか。
姫様は重い病を患っているのか。
うろたえている私に、姫様は冷静に言う。
「そのままの意味です。泡となるか光となるか。私はもうすぐ消えてしまう」
「私に何かできることは……ありますか?」
姫様は首を振る。
「なら、せめて私の言葉を聞き、私のことを覚えていてください。これから語ることを信じてください」
彼女は懐から、古ぼけた写真の束を出す。
そのうちの一枚を私に渡す。
写真はどこかの農家の風景だった。
家の前に成人の男女が二組、中心で切りかぶに座っている子供が二人いた。
子供は五、六歳くらいの少年と少女で、少年は穏やかに微笑んでいるが、少女のほうは無愛想でそっぽを向いていた。
少女は単に照れているだけのようで、険悪な感じはしない。
「これはどこの写真ですか?」
「これは……。私の家族と友人の家族の写真です。ここに映っているのが私です」
姫様はそう言って、写真の少年を指差した。
私は反射的に姫様を見ていた。
私の心中を察した彼女は、苦笑する。
「そうです。私は……女性ではありません」
私は写真に目を戻す。
確かにその少年には姫様の面影があった。
肌の色は白く、体つきも華奢で、顔立ちもかなり女性寄りだった。
それこそ、少年の服装をしていなければ、少女と間違えたに違いない。
しかしにわかには信じられない。
姫様はゆっくりと、自身の複雑な過去について語ってくれた。
十数年前、とある農家に姫様は生まれた。
幼い頃から病弱で心臓を患っていたらしい。
そのせいか性格も大人しく、周囲からは男の子とも女の子ともつかない扱いで育てられてきた。
姫様自身、いつの頃からかそれに疑問も持たず、女性として扱われることがあっても抵抗はなかったという。
いつしか自分が女の子であってもおかしくないとすら思えていたようだ。
姫様の家の隣に、同じ年に生まれた女の子がいた。
それが写真の少女だと話してくれた。
姫様とは対称的にとても活動的に育った。
性格は粗雑なところもあるが、根は正直で優しいらしい。
幼少時代にとても仲良くしてもらったと、姫様は楽しげに言った。
姫様もその少女も共に成長した。
だが姫様がちょうど十二の年に、マドリガルの前任管理者が逝去した。
遠い縁の繋がりで、王族の血を引いていたとされる姫様の家の隣の家族に白羽の矢が立ってしまったのだ。
つまり姫様の幼なじみの少女が、次の管理者に選ばれた。
ただ、少女の家族は酷くそれを拒んだ。
娘が大切だったからだ。
同情した姫様は、それなら自分がと身代わりとなり、管理者の仕事を代行したという。
元々、巫女の意もあったマドリガルの管理者は女性でなければならなかったので、以来姫様は性を偽っているという。
そこまで話して、姫様は一旦息をつく。
紅茶に口をつけてから、続けた。
「私はここでの暮らしが嫌いではなくなりました。親と離れ、人と接することが少なくなっても、祭事で皆に喜んでもらうことに価値を見い出せた。このままマドリガルの巫女でいることに、抵抗も嫌悪もありませんでした。ですが……」
私は姫様の言葉を待つ。
少しして、彼は口を開いた。
「十五の年のことです。私はいくら外見や周囲を女性と欺いても、中身は男性です。そのことに、強く違和感を抱いてしまったのです」
彼は神殿のあった方向を見る。
高い柱に遮られ、屋根の一部だけがここからは見えた。