遺跡-2[16/22]
私は遺跡の崩れかけた門をくぐった。
遺跡を見回した私は目を奪われた。
マドリガルは光と水の恩恵に満たされた、遥かな過去の遺物だった。
澄んだ水がマドリガルを支配し、廃墟は水面に浮いていた。
いや、浮かんでいるように見えたのは、遺跡がそのいくらかを風に晒されていなかったからだ。
沈んでいたのだ。透き通った二、三メートル下の水底まで廃墟は続いていた。
遺跡はどこもかしこも古びていて、天井のない建物の柱は半分が倒れている。
王室にでもありそうな立派な柱ですら、根元から折れているものもあった。
それでも陽光に照らされたマドリガルは幻想的に輝いていた。
古の都だった。
私は姫様がいるという神殿を探す。
水に浸かっていない足場を選んで、広く美しい遺跡を歩いた。
角度や距離によって光の濃度は変わる。
距離感があってないような不思議な感覚。
まるで神々が住んでいたように神々しい。
物音一つしない無人。
人の気配がないのに、どこか懐かしくて暖かい。
広い遺跡の中にあっても尚、神殿は見つけることができた。
それは半分が沈んでしまった大階段の先にあった。
外郭に沿って建てられた柱と厚い屋根の吹き抜けの建物だった。
柱には古代文字が、屋根にはところどころに画が彫り込まれている。
神殿周囲には無数の石像が並べられている。
聖書の神や獣や人を模したものがあった。
どれもが元来の形として残っているものはなく、腕が欠けていたり頭がなかったりした。
石像の一つに触れてみる。大鷲のそれは、もはや長く人の手に触れられていなく、石であること以外の匂いを感じ取れない。
神殿の大階段を上る。
大人が二十人並んでも、余裕がありそうなくらいに横幅がある。
半分が沈んでいるといっても、二、三十段近くあり、神殿は少し高い位置にあった。
流れる光の微粒子のせいもあってか、一段一段上がると、天上界を目指しているような気分になった。
神殿は八本の外柱と四本の大柱に支えられていた。
うち一本の上の天井は崩れていた。
二列で並んだ大理石の椅子は全て壊れ、座れそうなものはない。
埃と苔が積もり、年月を感じさせた。
神殿の最奥に、全能神を模した石像が在る。
齢幾つか分からない慈愛に満ちた老人だった。
草冠を被り、長いローブを纏っている。
風化の兆しをみせる神像は、それでも神殿においてすら静かな神々しさを放っていた。
その足元に姫様はいた。
神像に対して跪き、頭を下げている。
光を透かす金髪は美しく、高価そうなバレッタは煌きを止めない。
数分間、姫様はそうして祈りを捧げていた。
私は神殿の雰囲気に、そして彼女の美しさに魅せられて、案山子のように立っていた。
身動き一つ、息を吐くことすら躊躇われた。
何か物音を立てれば、この幻想のような光景が儚く消えてしまいそうに思えた。
姫様が礼拝を終え、こちらに振り向く。
その表情に微かな驚きを見て取れた。
我に返った私は、いったい如何なる礼節を持って接するべきか迷った。
逡巡した末に、エプロンドレスの両端を摘んでお辞儀した。
「はじめまして、姫様。私はリリスといいます」
姫様も同じようにして一礼する。
「はじめまして、ここの管理をしている者です」
彼女は私の前まで歩いてくると、にこりと微笑んだ。
何もかもを包み込んでしまいそうな、優しい笑顔だった。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
私は花束と木箱を姫様に差し出す。
「姫様への贈り物を預かってきました」
「あぁ……組合の方からですね。毎年毎年、何か申し訳ありませんね」
彼女が受け取ったのを確認してから、私は鞄からマリオネットが姫様に宛てた恋文を取り出す。
「モノスさんはお気になさらないようにと言っていました。あの……それと、これを。知人から預かってきたもので、是非姫様に読んで欲しいと」