遺跡-1[15/22]
遺跡への道のりに迷うことはなかった。
湖の水脈が細く続いていたし、既に霧はなくなり、近づくごとに明るくなっていった。
単純に霧が失われて光りカビの明るさが変わっただけではなさそうだった。
廃遺跡の入り口が見えると、明るさの理由は分かった。
空が僅かに開けていたのだ。
天空の紅樹の僅かな隙間に、空の青さが見え、そこから陽光が差していた。
私も初めて見る遥かな空の蒼さ。
清らかでどこまでも澄み渡った濃淡色。
我とも知らず涙が頬を伝った。
あまりに素晴らしいその青に。
誰かが、遺跡の入り口から歩いてきていた。
男性的な出で立ちで、大きな旅行鞄を持っていた。
記憶の糸はすぐに辿れた。
祭りで私が耳飾りを買った露店の店主だ。
彼女は私と一メートルの距離を置いて立ち止まった。
相も変わらない仏頂面だった。
意志の強そうな目で私の全身を眺め回す。
「なんで泣いてるの?」
私は目元を拭おうとして、手を止める。
涙を拭くのが勿体無い気がしたのだ。
「……空が、綺麗だったから」
答えはそれしか浮かばなかった。
露店商の少女は軽くため息をつく。
「だろうね。誰もが魅せられるから」
私は再び空を見上げる。
涙が溢れて止まらない。
「貴女は、見ないの?」
少女は帽子を目深に被って、視線を足元に落とす。
「あたしは見ないよ。もう、あんたの十倍も二十倍も泣いたから。涙が枯れても、きっと溢れてしまう」
「そう……だよね。こんなに綺麗なのだもの。まるで吸い込まれそう」
「そう……」
私は脇を通り過ぎようとした少女を、慌てて呼び止める。
「待って……」
「なに?」
「立ち入った質問かもしれないけど、貴女はどうして姫様に会いに来たの?」
私は彼女が僅かに動揺したように見えた。
しかし返ってきた答えは冷めていた。
「……別に。あんたには関係ない用事だよ。そういうあんたは何しに来たの?」
「私は知り合いの預かり物を渡そうと……」
「それだけ?」
「あ……あと、少し姫様とお喋りできたらなぁって……」
少女は突っかかる。
「姫様と話して、それでどうするの?」
「どうするって……」
私は口ごもる。
それ以降のことは考えていない。
少女は後ろ頭を掻いて舌打ちする。
「……ごめん、嫌な質問だったね。姫様は神殿にいるよ。礼拝中だから、終わるまでは話しかけないほうがいい」
少女はそれだけ言うと、一礼して私の横を通り過ぎた。
歩き去るその背中は、どこか悲しげで小さく、私は不思議な罪悪感に捕らわれた。
陽の下から離れ、光り苔の照らすだけな薄暗い森へと消えていった。