宴跡-1[14/22]
祭り場の朝は暗い。
夜を過ぎても霧が薄く漂っている。
辺りを照らすのは水銀灯と降り落ちる光り苔の仄かな灯りだけだ。
それでも雲雀の声が、夜が明けたことを告げていた。
私は目を覚ますと、テーブルに突っ伏していた。
隣にはムノとエリーが寄り添うように眠っていて、向かいには椅子からずり落ちたマリオネットが地面で横になっていた。
私達以外の他のグループも同様だった。
昨夜を思い出す。
鵺の鳴く夜中じゅう、体が疲れ果てるまで踊り、眠くなるまでワインを飲んだ。
最初に寝入ったのがマリオネットの彼で、その後しばらくしてから私も瞼が重くなった。
ムノとエリーは、おそらく最後まで起きていたのだと思う。
アルコールは抜け切っていたが、頭が少々重くて痛い。
体に薄く積もった埃を掃う。
腕も重かった。
目の前に、曲がった黒い紐のようなものがあった。
ムノの触覚だった。
指先で触れると僅かに反応した。
それが面白くて、いくらも触れてみる。
ムノはその都度、寝言を言った。
直に、昨夜の給仕の蝶達と小人達が、簡単な片付けを始めた。
小人達はごみを拾い、止まっていた蓄音機に新しいレコード盤を取り付けて音楽を流す。
給仕の蝶達は食器を片付け、目の覚めたグループに朝食を配っていた。
アルコールの匂いが、あちこちでコーヒーの香りに変わっていった。
私が昨夜の姫様がいるという廃遺跡に行こうと思い立ったのは、朝食のトーストを齧っていたときだ。
ムノやマリオネットが起き、給仕の蝶にトーストとコーヒーを貰い、遅めの朝食を摂った。
私は元々、あの姫様に興味を持っていた。
なんとなく話をしてみたかった。
その事を聞いたマリオネットは、是非姫様に渡してくれと、私に恋文を押しやってきた。
彼には昨夜に協力すると言ったので、断るつもりもなかった。
ムノの話では、姫様のいる廃遺跡はあまり遠くなく、歩いて半日、舟を使うようなら更にその半分の半分の時間で行けるという。
私は当初から歩いていくつもりであったので、ムノが知り合いの船頭を紹介してくれたのはありがたかった。
祭り場の南側に船着場があった。
大小百近い舟が停泊していた。
大きいものは半獣半人が乗る数メートル級から、コルボックルの笹舟まで様々だった。
大半は祭りが終わった為、船着場を出る準備をしていた。
ムノに紹介された船頭は、初老に差し掛かった寡黙な男性だった。
モノスというらしい。
舟賃代わりに荷物の積み込みを手伝った。
ムノ達も手を貸してくれた。
ムノとマリオネットとエリーに別れを告げて、モノスの操る舟で祭り場を出た。
依然として霧で明るくならない湖を、水銀ランプと発光細菌の灯りを頼りに、モノスは器用に舟を動かした。
かといって、気紛れなモンブランの幹は幾度となく進行を妨げた。
モノスは寡黙といっても、悪い人ではなかった。
自分から喋ることはないが、私の問いかけにも丁寧に答えてくれた。
モノスは普段、木こりをして暮らしているらしい。
ムノと同じく今年の姫様の側近となり、姫様の帰りの際は船頭を務めたようだ。
私は彼に姫様についての質問をしたが、返答はムノとあまり変わらない。
ただ彼もムノと同様に、定期的に姫様を訪れる商人がいることを語った。
祭りでは時々見かける装飾商らしい。
名前は分からないようだ。
途中で、モノスは砂糖菓子をくれた。
昨日のムノとのお茶会で口にしたものと同じだった。
この辺りでは比較的ポピュラーなお菓子なのだろうか。
私は何かお礼がしたいと言うと、モノスは歌を歌ってくれと言ってきた。
私は歌にそれほど自信があったわけもなかったので気恥ずかしかった。
私の未熟な歌を、黙って真剣にモノスは聴き入ってくれたものだから、何かむず痒くも嬉しかった。
広い湖も、舟では意外に早く岸に着いた。
祭り場への行きよりも遥かに楽で早かった。
私はモノスと別れるとき、彼から小柄な木箱と花束を受け取った。
姫様の贈り物のようだ。
自分は別に用事があるので、私に届けて欲しいという。
マドリガルはすぐそこであるし、持っていけないものでもないので了承した。
モノスは見返りだと、上質な紅茶の入った水筒をくれた。