祭り-7[13/22]
「でも、姫様ってどういう人なんでしょうか?」
ムノが答える。
「そうですね。姫様はこのお祭りでの巫女的な役割の人ですよ」
「巫女?」
「はい。リリスさんもご覧になったと思いますが、このお祭りの華はさっきの神輿です」
「あの大きな発光細菌ですね」
「そうです。あれは実は月の精霊の繭なのです。どうしてか毎年あの苔の繭で月の精霊が育ち、巣立っていくんです。神輿が水面に漂っている苔を吸収するので、祭り日にはあのくらいの大きさになっています。姫様は月の精霊が巣立っていく際に、精霊の巣立ちを助け、またその見返りに精霊から人々に贈る幸福の恩恵の仲介人としての役を担うといわれています」
「いわれている?」
ムノはワインを口にし、喉を潤す。
「実際に観客に幸福を与えたのかどうかは知りようがありませんからね。そういう言い伝えなんです。なので月の精霊の産婆さんという位置づけが強いのでしょう」
「なるほど」
「姫様はこの祭り場から、西の方にあるマドリガルという廃遺跡に住んでいます。私は今年、姫様の側近の一人を仰せつかったので、舟でそこまでお迎えに行くのが仕事でした。私が知っているのはそれくらいです」
「名前とか、ご両親とかは?」
「どうでしょうか。私も知ったときからあの人は姫様と呼ばれていましたし、遺跡にも一人でいるようです。たまに商人が姫様を訪ねているようですが」
「そうですか……」
ふと、柔らかいタンゴの音色が流れてきた。
それは数人の小人達が運んできた蓄音機からだった。
小人達はドーナツの其処彼処に蓄音機を置いていった。
そして自らも、タンゴに合わせて踊る。
テーブルの各所から二人組みの男女が、テーブルを離れて踊り始める。
「あの……なにが始まったんですか?」
ムノが嬉しそうに触覚を動かす。
「なにって、ダンスですよ。後夜祭が始まったのです」
ムノとエリーは既に手を繋いでいた。
エリーは早く参加したいらしく、固まっているダンスのグループをちらちらと気にしていた。
「そうなんですか。皆さん、ペアですね……」
「まあ、タンゴですからね。どちらかというと舞踏会に近いですから。ん? どうしました、エリー?」
エリーはムノの袖を引っ張って急かしていた。
彼女の機嫌は損なわれようとしていた。
「ムノ……早くいこう……」
私はその仕草があまりに可愛らしくて、つい吹き出してしまった。
「ムノさん、早く行ってあげてください。可愛らしい彼女が待っているようですから」
ムノは頭を掻いて苦笑いする。
タキシードとシルクハットを正す。
「ははは……そうみたいですね。じゃあ、ちょっと失礼します」
行きかけた彼はふと立ち止まると、テーブルで突っ伏しているマリオネットの方を示した。
「リリスさん、もしパートナーがいらっしゃらないようなら、そこで落ち込んでいる彼を誘ってあげてくれませんか?」
ムノは堪りかねたエリーに引き摺られて、人ごみに消えていった。
テーブルでふさぎ込んでいるマリオネットは、大分アルコールが入っているようだった。
泣いていた。
「うぅ……。どうせ、ぼくなんて……。ぼくなんて、姫様とは釣り合いませんよ……。どうせ……」
私は彼の肩に手を置く。
「元気出してくださいよ、マリオネットさん。だいじょうぶ、貴方の気持ちはきっと姫様に届きますよ」
「う……うぅ……。そ……そうかなあ……」
「そうですよ。なんなら、私も協力しますから。ね?」
彼は顔を上げて目元を拭う。
「う……うん……」
私は彼の手を取る。
「さあ、気分を変えて踊りましょう。今夜はお祭りなんですから。涙は似合いませんよ」
私はマリオネットの手を引いて人ごみに混じる。
ダンスなんか私も彼も全く知らなかったけれど、周囲を見よう見真似で踊った。
どこまでも気楽に。
どこまでも楽しく。
夜の更け、飽くるまで。
振り落ちる藍とタンゴの旋律のように。