祭り-4[10/22]
飾り物店を後にする。
お店を離れるとすぐに、買ったばかりの耳飾りの入った紙袋が気になって仕方なくなった。
少々はしたないかもしれなかったが、結局適当な長椅子に座って耳を飾ってしまった。
普段着飾ったりすることは少なかったから、耳に感じる重さにどきどきした。
ただちょっと耳飾りを付けただけで、自分が何か特別になった気がして嬉しかった。
お祭りの空気もより一層楽しげに感じる。
傍らの立ち時計を確認すると、ちょうど祭事が始まる時間だった。
ムノはどんなお祭りかは教えてくれなかった。
私はお祭りといえば露店を巡って楽しむものかと考えていたが、道中で知る限りそれだけではないらしい。
まだ何か祭事が催されているようだ。
人の影がちらほらとドーナツの中心に向かっていく。
中には露店を開いていた人や大道芸をしていた人も、それらを一旦中断して中心に集まった。
私も周囲に合わせた。
ドーナツの中心はかなり大きな楕円形に刳り貫かれていた。
長いところで直径百数メートルあった。
危険なため、周囲を背の高い鉄柵が取り囲んでいる。
そこより下数メートルは水面だった。
私も今更ながら、このドーナツが湖の上に浮かんだモンブランの幹で出来た足場であることを思い出した。
ここに集まった人々の視線の先に、不思議な碧い球体があった。
巨大な蓮の葉の上にあり、それ自体もかなりの大きさがあった。
球体は直径でだいたい二メートルくらいありそうだった。
遠くて正確な大きさは分からない。
少なくとも私の身長よりはある。
球体に対する人の反応は様々だった。
静かに見つめている人もいれば、拝んでいる人もいて、満足げに頷いている人もいる。
時には感極まって涙している人もいた。
私は球体をしばらく見て、やがて気付いた。
発光細菌だった。
それも見たこともないほど大きな。
私がすぐにそれと分からなかったのも、発光細菌は通常一センチメートルくらいで、ゆっくり天から落ちてくるものだと思っていたからだ。
ところがあの発光細菌は人の背丈よりも大きい。
まるでご神体のように安置され、このお祭りの華となっている。
発光細菌を人の手でくっつけることはできない。
おそらく湖を漂っていた細菌が固まり合ったのか自然発生したものだろう。
いずれにしろ、お祭りの神輿になるには十分なインパクトがある。
しばらくすると、神輿の発光細菌に七、八隻の舟が集まってきた。
乗員達はそれぞれ楽器を携えていた。
楽団のようだ。
演奏が始まる。
静かで淡いクラシックが流れる。
私は舟に道中で会ったマリオネットを探した。
発光細菌に一番近い舟に彼の姿があった。
例のオカリナで演奏していた。
向こうもこちらに気付くと手を振ってきた。
彼の演奏は見事で、とてもあの古臭いオカリナから出ている音だとは信じられなかった。
その場に集まった全員がクラシックに聴き入っていた。
十五分くらい経った頃か、神輿の様子が変わった。
徐々に碧から藍色へと変色していったのだ。
しかも楽団の演奏に合わせるように、中心の核が点滅して息づいていた。
神輿の光によって、辺り一面が同色に染まった。
それから一時間程度、楽団の演奏は続いた。
演奏が終了し、楽団の舟はそれぞれの方向へ散っていった。
神輿も点滅を止めて藍色のまま安定した。
祭事は終わったかに見えたが、観客は一人として鉄柵を離れなかった。
私もしばらく神輿の行方を見守った。
待つこと数分、一隻の舟が神輿に近づいていった。
楽団の物より少し大きめで、側面に天使の絵が金剛石で彫られていた。
乗っているのは少女一人と船頭だけだった。
驚いたのは、その船頭が昼頃にお茶会に招いてくれたムノだったからだ。
相変わらず上質なタキシードを着ていた。
お茶会では温和そうだった表情は、今は緊張に強張っている。
周囲の観客達は、舟に乗っている少女に姫様だ姫様だと微かにどよめいた。
なるほど。確かに少女はまるでお姫様のようだった。
真っ白い肌と華奢な手足。
心身は穢れのない純白のロングドレスに包まれている。
流れるような長い金髪は、とても値の張りそうなバレッタで留められていた。
優しそうな瞳の睫毛は長く、唇はふっくらと柔らかそうだ。