森-1[1/22]
潰れて苔生したエンジュ色の輝きも
現夢に揺らめく欠片の結びよ
囚われて奪われて燃ゆる言の葉のように
尚想う 遥かな空のあの藍に
私は自分をリリスと呼んでいる。
誰かが付けたわけでもなく。
誰も付けてくれそうになかったので、私は自分をリリスと名付け、自分を人にリリスと紹介する。
朝の柔らかい陽光に照らされて私は目を覚ました。
寝ていた木の洞に差し込んでくる早朝の日差しが、起きる時間であることを知らせる。
瞼を開く。
陽光といっても大半は木々に遮られて空中分解される。
地上に降り注ぐ分は千分の一にも満たないので、急に光が入っても痛くない。
薄暗い洞には、鼻を擽る青苔の匂いが満ちている。
またそれらは大小の球形苔類としてふわふわと空中を泳いでいる。
陽光を吸収し、青白くぼんやり発光していた。
私は狭いこの中で、あちこちにぼこぼこと生える根っこを気にしながら体を起こす。
するとすぐに桜色の雲雀が入ってきた。
雲雀は私の膝の上に乗る。
可愛らしい頭を小刻みに傾げながら、つぶらな瞳で食べ物をねだってきた。
雲雀の頭を撫でる。
何か食べ物がないかとポケットを探る。
食べ掛けのビスケットがあった。
それを砕いて、一欠けらを雲雀にくれてやった。
木の洞から出て、私は地面に揃えていた木靴を履く。
明石の木で作られたそれは、昨晩の小雨と夜露で少し濡れていた。
外は早々と目覚めた野鳥達が喉を鳴らして歌っていた。
今日はモーツァルトだった。第四十番を歌っていた。
空は太い木の根に覆われている。
そこに止まった多くの鳥達は、ある者は喜びに浮かれ、またある者は悲哀に憂い、感情を込めて歌う。
私は空色のドレスを着ている。
多少汚れているが、持っている服はこれだけだ。
裾を摘んで会釈する。
鳥達は最終楽章を歌ってくれる。
私は合わせて踊る。
体を揺らし髪を靡かせる。
囀りの流れる舞台で私は踊る。
やがて囀りのオーケストラにも終止符が打たれる。
歌が終わると鳥達は一切の統一を持たずに、好き勝手に語り合いを始める。
私はポケットから残ったビスケットを取り出す。
粉々に砕いた欠片を、自然の青芝の上へと振り撒く。
すぐに十数匹の野鳥達が舞い降り、ビスケットを啄ばみだす。
野鳥の一人が私に語りかける。
彼は黒茶色の鶯だった。
「リリスさん。リリスさん。今昼は晴れるそうですよ。実に灰の月以来の見事な雨上がりだそうです」
鶯は胸を反らし、自身の知識を誇らしげに言った。
「それはありがたいことですね。近日は雨降りばかりでしたから」
「まったくです。でもこれからしばらくは晴れの日が続くそうですよ。かといって、道はぬかるみそうです。滑ってお召し物を汚さないようにしませ」
「ありがとう。きっと気をつけます」
私は寝床に戻る。
唯一の持ち物である革鞄を漁る。
古くて重くて分厚い。
しかしこの鞄はとても便利だ。
水牛の皮で出来、中身は決して濡れない。
大きい分、たくさんの物が収納できるし、ポケットも多くて中身も探しやすいのだ。
髪ゴムで私は自分の長髪を縛る。
膝まで伸びた見事な赤褐色の長髪は私の自慢だ。
一日五回梳かす。
だから皆が綺麗だと言ってくれるのだ。
それが嬉しい。
朝御飯として、小麦と馬の乳で作られたパンとビスケットを鞄から出して食べる。
パンは日が経っていて、少し黴の味がした。