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剥がれてきたよ

 翌朝、五時前に起きた将太は階段前に仁王立ちしていた。


(ん、そろそろ起こす時間だな)


 ギシギシと鳴る階段をのぼって向かうのはもちろん二〇三号室だ。

 部屋の前に立ちコンコンと二度ノックする。だが部屋の中で凪沙が起きる気配はしない。ぐっすり眠っているのだろう。


「朝倉、朝だぞ。走るんだろう? 早く起きろ」


 声をかけてみても起きる気配はなし。


「おーい! 起きろー!」


 コンコンからドンドンと音が変わり将太の声量も大きくなる。


「起きないか……」


 それでも凪沙が起きる気配がない。

 これが将太の妹ならば躊躇いなく部屋に入って布団を引っぺがしベッドから転がし落すのだが、流石にそれを彼女相手にするわけにもいかず。


 数分ほど粘っていると途端にどったんばったんと激しい音がしたかと思えばバンッと勢いよく扉が開く。危うく扉の角が額に直撃するところだった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「……お、おはよう」

「おはっ、はぁっ、ようございますっ!」


 息を荒げて飛び出してきたのは髪はぼさぼさパジャマも着崩れ口端によだれの跡が見える凪沙だった。よく見れば目端に目脂めやにもついている。

 なんともまぁ、日中の彼女の姿からは予想もできない残念な姿だ。


「まぁなんだ。とりあえず顔でも洗ってこい」

「……はい、そうします」


 十数分ほど彼女の支度を待ってから木船荘の前で二人動きやすい格好で並ぶ。


 凪沙は黒いランニングタイツに空色のショートパンツ、白いパーカーを羽織って腰にはウエストポーチを付けていた。普段下ろしている長い髪はポニーテールに結っていて、艶やかな黒髪が凪沙の動きに合わせて揺れるためついつい将太の視線が毛先の動きにつられてしまう。


 たいして将太は某大手の紺色のジャージだ。猫科の獣の躍動感ある商標が有名だ。


「流石だな。なんかプロっぽい」


 凪沙の服装をそう評する将太。凪沙は照れ臭そうに笑みを浮かべる。


「えへへ、そうでしょうか?」

「あぁ、その靴とかも走ることを意識してる感じするし。俺なんか中学の時の運動靴だ」


 それもおさがりであるため大分ボロボロになっている。

 凪沙もその靴を見て少し眉を寄せていた。


「そう、ですね。そこまでボロボロだとあまりランニングには適さないですね。あまり長く走っていると豆ができるかもしれませんし」

「そうなのか……」

「まぁ今日はそこまで長く走るつもりではないので。軽くジョギングです。さぁ、行きましょう!」


 動きだした凪沙は普通の人からすればかなりのハイペースで走っていく。

 凪沙本人からすれば流しているつもりではあるのだが、普段のランニングが早すぎるのだ。


 ただそれに将太も追従してしまうから気づけない。


「どうですか! ペース早すぎたりしませんか?」

「んっ、まぁ問題はないと思う!」


 町内をぐるっと回るようにして大体一時間ほど。只管無言で走り続けた二人は木船荘の前にまで戻ってきていた。陽もそこそこ上りいい時間だ。


 凪沙は走った余韻を散らしていくようにゆっくりとペースを落とししばらく歩いて呼吸を整える。


「ふぅ……」


 深く深呼吸してウエストポーチから取り出したスポーツ飲料を呷る。

 一緒に取り出したタオルで首筋の汗をぬぐいながら振り向けば将太がぐいぐいと足を延ばして披露した筋肉をほぐしていた。


「……高橋さん、体力どうなってるんですか?」


 自分と同じペースで走っていたというのにこの差は何なのだろうかと。

 仮にも陸上部として何年も走ることを追求してきた自分より多い体力に凪沙はついジトっとした目を向けてしまう。


「あー、子供たちに付き合って走り回ってたりずっと家事してたら自然と?」


 若干の責めが含まれた視線にバツが悪そうな顔をしながら答えれば凪沙は顎に手を当て思案してしまう。


「子供……家事……。私も家事を頑張ってみるべきでしょうか……? 主婦は強しといいますし。しかしそれは……」

「……なんだ、とりあえず中に入ろう。汗を流して準備しなきゃ。学校に遅刻するよ?」

「はっ、そうでした!」

「風呂、先にどうぞ」

「いいのですか?」

「俺はあまり汗かいてないし。その間に朝食の準備するから」


 風呂場に駆けていく凪沙の背を追いかけ将太は台所へ。


「……まったく」


 途中急いだからか脱ぎ捨てられるように転がっていたランニングシューズも整えておく。


「……軽めがいいかな」


 食パンもあったので卵やハム、シーチキンに野菜等を使って手軽に食べられるサンドイッチを拵える。飲み物は将太の好みで買っていたパイナップルジュースだ。


 皿に盛り付け汗を流し終えた凪沙とともに胃の中へ納めていく。


「サンドイッチ、とてもおいしいです!」

「そっか、そりゃよかった」


 凪沙にも好評のようで将太の頬を緩められる。

 今朝は時間的にも余裕はあって凪沙が片づけをすると言い、ならと将太は風呂場で軽く汗を流す。


 上がると同時に凪沙の行ってきますが聞こえてきた。


「これは……」


 台所を見てみれば流し台に置いておいた食器等が水切り籠に入れられていたのだが、所々に汚れが残ってしまっていた。

 放置すれば後々取るのが大変だと軽くゆすいでおく。


 少しずつ見え始めた彼女の残念な部分に思わず苦笑を浮かべてしまうのだった。

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