寮監です
学校からの帰り道。将太と凪沙は並んで歩いていた。
まだ昼を過ぎた辺りで上から注ぐ陽が温かく睡魔がじわじわと膨れてきている。
「ふ、ぁ……」
「眠い?」
「すみません。少しだけ……、へへ」
小さな欠伸をかみ殺して目尻に涙を湛えた凪沙が微笑みを浮かべる。
「高校が楽しみで昨夜寝付けなくて……」
「遠足前の小学生か」
微笑みに若干の朱が刺した。
「だ。だって……、私地元民じゃないので友達出来るのかなとか、うまくクラスに馴染めるかなって不安で」
そっぽを向いて僅かに唇を尖らしまるで拗ねた子供だ。美人という印象の強い凪沙がすこし幼く見えて綺麗さに可憐さが入り混じり一味違った魅力を醸し出していた。
見るものに庇護欲を感じさせてしまう凪沙に将太もつい手が出てしまう。
ぽんぽんと軽く触れるように撫でればきょとんとした顔を向けてくる。
「話せる友達はできたのか?」
「はい! 椎名さんと湯田さんという方なのですが積極的に話してくださって。すぐに打ち解けることができました! それにお二人とも私と同じ部活に入ろうと思っているらしいんです。部活でも仲のいい子ができるか不安だったのでとても安心しました」
「朝倉は何に入る気なんだ?」
「陸上部です!」
元気よく答えた凪沙は心から楽しそうに陸上について語り、聞いている将太のほうも凪沙に中てられて笑みを浮かべる。
「こうですね、走っていると何も考えなくていいといいますかただ走ることに夢中になれて心がすっきりするんですよね。特に遠距離をずっと走るのは心地いいんです」
「本当に好きなんだな、走るの」
「っ、あ、すす、すみませんなんか熱くなってしまって……」
「いいよ。朝倉が本当に楽しそうに話すからかな。俺も聞いているだけで楽しいよ」
「高橋さんもどうですか? 朝走ろうと思っているのですが」
凪沙が伺うように提案する。綺麗な琥珀色の瞳が覗き込んできた。
「それで、その……良ければなんですが朝起こしていただけないかなぁ、と」
「あぁ、朝弱そうだしな」
今日の朝のあのドタバタを見れば言われずとも理解できる。
「もしかして今まで」
「……母に起こしてもらっていました」
「ふふ」
もし分けなさそうに縮こまる凪沙の様子がおかしくてつい笑いがこぼれてしまう。
「うぅ……」
「あぁ、ごめんごめん。うちの妹をよく起こしてたの思い出してさ。まぁ昨日のことなんだけど。早速ホームシックかな」
将太の妹の一人がとても朝が弱いのだ。今年で中学生になったというのに将太が引っ越す当日も寝坊してバタバタと騒いでいたのを思い出す。その光景が今朝の凪沙と酷似していて昨日のことだというのに懐かしんでしまう。
「高橋さんはご兄弟と仲がよろしいんですね」
「みんな可愛くってなぁ。つい構っちゃうんだよ」
「ふふっ」
今度は逆に凪沙の笑みがこぼれてしまう。
「今の高橋さんがすっごくお兄さんの顔していたので、なんだか微笑ましくって。私兄妹がいなかったので羨ましいです」
「朝倉は一人っ子なんだ。確かに一人っ子っぽいな」
「そうでしょうか?」
「雰囲気がな」
二人歩く帰り道。道の先に古びた建物が見えてきた。
これから二人が共に暮らす古びた木船荘。そして将太の職場でもある。
「これから頑張ってくださいね、寮監さん」
「まぁ引き受けたからには頑張るよ」
(まずは外観をどうにかしないとなぁ)
やるべき仕事を思い浮かべながら改めて木船荘を全体的に眺める。
今はひどい状態ではあるがそれでも造りの良さを感じさせる建物だ。
やりごたえのある仕事に将太は一人気合を入れた。