東雲理事長
理事長室は学校の奥まったところにある。
理事長室と書かれた札が掛けられているだけでほかの部屋と変わらない扉だ。だというのにどこか入りづらい。
それは生徒である将太や凪沙だけでなく木村もなのだろう。
扉の前で無駄に咳払いしたり入学式だからと着てきたスーツの襟を正したりとした後に気を引き締めて扉を叩く。
「木村です。東雲理事長、今よろしいでしょうか?」
「木村君か。入ってくれ」
「はい。失礼します」
木村に続くように理事長室に入室する。
理事長室は落ち着いた調度で整えられていてだからこそ緊張感が募る。
業務的な職員室や生徒の過ごす教室とは違い、まるで別空間だ。
「おや、その二人は高橋君と朝倉君じゃないか。どうしたんだい?」
「彼ら、というより主に高橋君が木船荘について聞きたいことがあるそうで」
「あぁ、そういうことか」
「では私はここで。失礼します」
「木村君、ありがとうね」
木村は将太と凪沙を置いて退室していった。
残された二人は理事長室という空間に少し気圧され肩ひじが張ってしまう。
理事長に促されて対面のソファーに並んで座る。
ふかふかと沈む革張りのソファーなど座る機会も少ない二人はより緊張感を膨らませた。
「さて、私に聞きたいことがあるということだけど何が聞きたいのかな?」
「その前に一つ報告をしてもいいですか?」
「ん? なにかな?」
「昨日木船荘に着いたとき寮監等がいらっしゃらなかったので勝手に木船荘の設備を使わせてもらいました。そして一〇一号室を自分が、二〇三号室を朝倉が使わせてもらっています。問題ありませんか?」
「あぁ、そうだね。木船荘の設備等は好きに使ってくれて構わないよ。部屋も好きにしたらいい」
「わかりました」
理事長は対面のソファーで好々爺とした笑みを浮かべ、しかし目は申し訳なさそうに将太たちを見ている。
「申し訳ないね。本当は昨日木船荘で君たちを迎えようと思っていたんだ。だけどどうしても時間が取れなくてねぇ。いろいろ不便をかけただろう? 特に掃除もできなかったからすごく汚れていただろうし」
「いえ、とても綺麗に掃除されてましたよ?」
「ふむ、そう、それだよ。今日の昼にようやく時間が取れて木船荘を見に行ったんだ。そしたらあまりの変わりように驚いたよ。二人が掃除してくれたのかと思っていたんだけど……」
「もしかして、高橋さんが?」
二人の視線が将太に集まる。
「ですね。その、あまりにも酷かったので……」
「しかしあれだけの範囲を一人でよく掃除できたね」
木船荘は複数人が生活することを前提に建てられた建物だ。当然中は広く数時間一人で掃除してもよくて居間を綺麗にできるかどうか。
「高橋さん、家事力高いですね」
「まぁ家では家事の担当だったしね」
「ふむふむ。君の保護者に聞いていた通りよくできた子じゃないか。うん。君ならお願いできそうかな」
「お願い、ですか?」
「そうそう」
怪訝な表情をする将太とうんうんと頷く理事長。
立ち上がり机からいくつかの書類を持ってきた。何やら小難しいことが連ねられている。
「高橋君。寮監とか、してみない?」
「え?」