初めての通学
食卓の上に並ぶのは焼き魚におろし大根、みそ汁、漬物、つやつやの白米だ。
いたって普通の何の捻りもない献立。
特別美味しいというわけでもなく普通に美味しいだけの料理だが、安心する味がした。
「どうだ? 口に合えばいいけど」
「あ、とても美味しいですよ。すごく安心する味がします」
「ふふ、そうか」
自らの作った料理を褒められるというのはやはり嬉しいものでつい頬を緩めてしまう将太。
「明日の朝食はどうする? 一応材料もあるから食べるなら作るけど」
「本当ですか? その、できるならまた食べたいです」
「なら明日の朝食も作らせてもらうよ。何かリクエストはあるか? 材料に限りがあるからできるものは限られるけど」
木船荘には大きな冷蔵庫があるためいろいろな食材の保管はできる。ただ今回一度の買い物で買えたものは限りがあり、どうしても献立のレパートリーは減ってしまう。
「そう、ですね……。なら目玉焼きが食べたいです」
「固焼き派? 半熟派?」
「半熟でお願いします」
「了解。そうだな。六時半ごろには食べられるようにしておくから、いつでもおりてきたらいい」
「わかりました。お願いします」
夕飯を食べ終えた二人はササっと食器を片付け食後の余韻に浸りのんびりした時を過ごしていた、
「あぁ、そうだ。風呂についてなんだがもう沸いてる頃合いだから好きな時に入ってくれ」
夕飯を作る傍ら風呂に湯をためておいたので今頃丁度いい温度になっていることだろう。
「入るときは引き戸の入浴中の札をかけ忘れないこと。一応鍵も閉めておいてくれ。覗くとかそんなことする気はないが勘違いでばったり出くわすとかは避けたいからな」
「はい、わかりました」
風呂という生々しい話だからか、凪沙の頬が若干色づいている。
「それじゃお先にいただきます」
「あぁ」
少し気まずかったのか。ぺこりと頭を下げて足早に居間を去っていった。すぐにトットットッと軽い足音で風呂場に向かうのがわかった。
居間に一人残った将太はクイッと冷たい麦茶の入った湯飲みを傾けた。
翌朝、早い時間に起きた将太は早々に朝食を済ませソファーに腰を下ろして寛いでいた。
今日は入学式だ。そのためすでに制服を身に纏っている。初めて袖を通した制服はやはり固く、若干の着心地の悪さを感じた。しかしこれが着慣れてくるころにはもうしっかりとした東雲生となっているのだろうと未来に思いを馳せて暇を潰していた。
暫くぼーっと過ごしていれば時刻は七時半。そろそろ降りてきて朝食を食べねば時間がぎりぎりになってしまうのだが。
未だ降りてこない凪沙を心配し起こしに行こうかと思案しているとダダダダッと階段を駆け下りてくる音がする。
「お、おおっ、おはようございますっ!」
「おう、おはよう」
現れたのは当然のことながら凪沙だ。
彼女も東雲の学生服に袖を通しているのだが慌てていたのかかなり着崩れている。
指摘するか迷っている間に用意してあった朝食を掻き込んでいく。
「んぐんぐっ、ぷはっ。ご、ごちそうさまです! おいしかったです!」
慌てているというのにしっかりと感想を伝えてくる彼女は律儀なのか。洗う時間はないのか、それでも流しで水に浸して再び慌ただしく去っていく。
次は洗面所のようだ。
ジャバーッと勢いよく出た水の音とそれに驚いた「ひゃっ!?」という彼女の声が聞こえた。
そしてまた二階に上がり何やらどたばたとした後にまた降りてくる。
その慌てようにさすがに心配になった将太が様子を見に行けば先ほどまでのだらしない様子はどこに行ったのか。しっかりと整えられた身だしなみで彼女がローファーを履いているところだ。
「あまり急ぎすぎて転ぶなよ?」
「は、はいっ。それでは行ってきます!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
一人残された将太はゆったりと通学の準備を始める。といっても昨夜のうちに諸々済ませてあるためあとは上着を着てかばんを背負うだけだ。
時間は七時五十分。始業は八時半からなのでのんびり歩いて行っても十分に間に合う時間だ。
「行ってきます」
返事の帰ってこない無人の木船荘に挨拶して鍵を閉めた将太は少し高鳴る鼓動とともに学校への道を歩みだした。