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少女との出会い

「ふぃー……」


 最後にキュッキュッと玄関の式台を濡れ雑巾で磨き終えた将太はそのまま腰を下ろす。

 マスクをずらせば少し熱のこもった息が吐かれた。

 あれから数時間かけて木船荘内の大まかな掃除を行ったのだ。

 多少息も上がってしまうのも仕方ない。


 静かな時間が流れていく。


 将太は天井の木の模様を眺めるのが好きだ。

 眺めているだけで何も考える必要がなくて頭の中が空っぽになって軽くなる。

 周辺から聞こえる様々な音が右から左へと抜けていく感覚もいい。


 ただただぼーっとしているとガチャリと玄関の引き戸が引かれた。


 しかし古い引き戸はすぐには開かず何度もガチャガチャすることでどうにか腕一本入れられるくらいの隙間が開く。


「あ、あれ? 何か引っかかってるのかな……?」


 女子の声だ。

 引き戸のすりガラス越しに見えるシルエットはとても細く、女性らしい丸みを帯びていた。


 戸惑ったようにおろおろとして、わずかに開いた隙間から中を覗き込んでくる。


 ぼけーっとしていた将太とその少女との目が合う。


「あ、あの。開けてもらえますか?」

「んぁ、ちょっと待ってくれ」


 よっこいしょと膝に力を入れて立ち上がった将太は例のテクを駆使して頑なに開こうとしなかった引き戸をあっさりと開いて見せた。


「あ、あれぇ?」


 その様子に先ほどまで苦戦していた少女は眉間に皺を寄せた。


「……何かつっかえてました?」

「いいや?」

「えぇ……」


 困惑する少女にクスリと笑みをこぼす。

 施設にいた年下の義妹のことを思い出したのだ。彼女もこんな感じで毎回扉を開けるのに苦戦していたなぁと。


「こういう古い扉は開けるときに少しコツがいるんだ。ちょっと膝で押さえつつ軽く持ち上げれば、ほら」

「あ、本当だ」

「な」


 感心したように彼女は何度も扉を開け閉めしている。


「で、君も木船荘の?」

「あ、はい。今日からここにお世話になる朝倉あさくら凪沙なぎさです。よろしくお願いします」

「俺は高橋たかはし将太しょうた。よろしくね朝倉さん」


 「とりあえず荷物を上げよう」と声をかけて大きなキャリケースと膨らんだバックを拾い上げ先導する。


「部屋は一階と二階があるんだけど、すみ分けの関係から女子は二階のほうがいいだろう」

「あ、はい」


 掃除の最中に見つけた全室の鍵かかけられた棚のもとへ案内する。


「部屋は二〇一~二〇三があるんだけどどこがいい?」

「選べるんですね」

「まぁ開いてるし大丈夫だろ。ちなみにおすすめは二〇三号室。二回上がって一番奥の部屋。角部屋だから窓も多いし一番奥だから部屋の前を誰かが歩く必要もないから比較的静かだと思うし」

「なら二〇三号室でお願いします」

「よし、なら荷物運ぶか」


 再び荷物を背負い遠慮する凪沙を押して二階の二〇三号室へ向かう。

 ちなみに二階の部屋の床はフローリングで一階は和室で畳が敷いてあった。

 設備的には二階も一階も変わらず空調なし。掃除して回った感じからして壁も薄くどこか隙間もあるようだった。


「あんまり広くないよな」

「いえ、これだけあれば十分だと思いますよ?」

「そっか? まぁ一人部屋だしな」


 施設ではほかの子供たちと合わせて大部屋だった。六畳という部屋は狭く見えるが、それを一人で使うなら十分だ。


 手荷物を置いた二人は次にリビング、食堂スペースへ。そこにはいくつかの段ボールが積み重ねられている。

 将太が入ったときにあった足跡はおそらくこの段ボールを運んだ業者のものだったのだろう。

 ここには将太の郵送しておいた荷物も置いてあった。


「これ、朝倉さんのだろ? ここにあっても邪魔になるだけだし日が暮れる前にちゃっちゃと運んでしまおう」

「すみません。お願いします」


 二人で手分けしながら何往復か。やはり女子。荷物は多い。

 運び終えることには先ほど引いた汗がぶり返していた。


「お疲れ」

「運ぶの手伝ってくださってありがとうございます」

「いいよ、それくらい。あぁ、これから夕飯作ろうかと思うんだけど朝倉さんはどうするんだ? 何も決めてないなら良ければまとめて作ろうか?」

「……そう、ですね。コンビニで済ませようと思っていたのでお言葉に甘えてもいいですか?」

「あぁ、でも大したものは作れないから。それでもいいなら。あとアレルギーとか、嫌いなものは?」

「アレルギーは特に。あと何でも食べられます」

「そっか、そりゃ残念」

「え?」


 突然の将太の意地悪な言い方に凪沙が困惑した視線を向けてくる。


「嫌いなものがあったらたっぷり入れてあげたのに」


 にやりと揶揄うような笑みを浮かべて言えば、冗談だということに気づいた凪沙がふんわりと笑みを浮かべた。少しばかり肩に力の入っていた凪沙をほぐしてやろうとわざとそんなことを言ったのだ。


「ふふ、なんですかそれ」

「俺の弟妹は好き嫌いが多かったからなぁ。こうやって揶揄ってたんだ」

「ご兄弟がいらっしゃるんですね」


 凪沙の程よく解れた表情から少しは張っていた気が緩んだのだろう。満足した将太は財布とエコバックを片手に出かける準備をする。


「それじゃ一時間ばかし待ってくれ。買い物行ってすぐ作るから」

「すみません、お願いします」

「あいよ」


 凪沙に片手をあげて答え、将太は近所のスーパーへ献立を考えながら向かった。

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