木船荘
どうも千弥瀧です。
最近恋愛ものにはまってしまい自分の思うあまあまな日常を書いてみました。
見切り発車で設定とかゆるゆるなところがあったりご都合主義だったりとしますが、そこは緩い目で読んでいただけたらありがたいです。
とりあえず三話ほど連投して続きは不定期に出せていけたらなと思っています。
一応ストックはあるのでしばらくは続けられます。
反応次第では断念するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
「将太、元気にやるんだよ? 寂しくなったらいつでも帰ってきていいから。ここはみんなのお家だからね」
「ありがとう幸子さん。向こうでも元気にやっていくよ。それと長期の休みとかは帰る予定だから大丈夫。だから安心して」
手を握って心配そうにうかがってくる幸子に将太も思わず優しい笑みがこぼれてしまう。
しかしそれも仕方ないだろう。
将太が幸子のもとに世話になるようになったのは九歳のころだ。
かれこれ六年にもなる付き合いはもはや親子の関係だ。
「それじゃ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、将太」
施設の最寄り駅から約三時間半。
読書したり窓から景色を眺めたりしながら時間をつぶす。
適度に長い旅路に将太の腰もギシギシと痛みを訴えてくる。
「んーーッ」
両手を頭上に背伸びすればぽきぽきと骨が鳴った。
ついでに空腹に腹が鳴る。
コンビニですきっ腹を満たして少し歩けば目的地だ。
東雲高等学校。
この春から将太が通うことになる高校である。
今日は入寮の手続きのために学校に向かっているのだ。
校門を通って正面玄関からすぐの事務室の窓をたたく。
「はーい。どちら様?」
「今年の春からここに通う高橋翔太って言います。今日は入寮の手続きに来ました」
「あぁ、寮生ね。ちょっとまってねぇー」
窓から顔をのぞかせていたおばさんは顔を引っ込めていくつかの書類を持ってきた。
事前に必要なものは用意しているため手続き自体はスムーズに進み無事終えることができた。
ただこの年代の女性はお話し好きだからか手続きの倍近い時間拘束されてしまう。
「それにしても木船荘ねぇ。本当にあそこに入ることを望む生徒がいるなんてお姉さん吃驚よ」
「そんなにですか?」
「そうよ。だって木船荘よ? 東雲寮じゃなくて。木船荘はご飯も掃除も洗濯も全部自分でしないといけないもの。東雲寮じゃご飯も食堂で出てくるし掃除も共有スペースは業者がしてくれるし洗濯は乾燥機付きの洗濯機があるし。木船荘を選ぶメリットなんて寮費が格段に安いってことぐらいなんだもの。私ここに勤めてもう八年だけど木船荘に生徒が入ったのは初めてよ」
あまりの言われように苦笑を浮かべてしまう将太。
確かに木船荘はデメリットが多い。炊事掃除洗濯すべて生徒が自分でしなければならないし木船荘自体も建てられてからずいぶん経っているためかなり古い。部屋も六畳で広さ自体は東雲寮と変わりないが東雲寮には全室にエアコンが設置されているが木船荘にはそれもない。
今どきの子供にすればエアコンはあって普通。夏の猛暑を耐えるにはエアコンは必須といえる。
唯一のメリットである寮費の違いも払うのは親だ。住むだけの子供からすれば設備のいい東雲寮を選ぶことはあっても態々木船荘を望むなんてそうそうないことだろう。
ただ将太にとっては寮費が安いこと以上に望む条件はない。
掃除炊事洗濯もいつも施設でやっていたこと。設備が悪いのも施設では普通。
「自分にとっては寮費が安いだけで充分なんで」
どこか可哀想なものを見るような憐れみの目を向けてくる事務員の視線から逃げるようにもらった書類に載っている地図を頼りに歩くこと二十分。
将太は木船荘にたどり着いた。
たどり着いて、少しだけ呆けてしまった。
(なんだ、これ)
木船荘が古いことは知っていた。築五十年の木造建築物で古き良き見た目をしていることも。
しかしこれは予想外だ。
木製の壁にはいたるところに蔦が這い、瓦屋根には雑草が生い茂っている。庭も無残に荒れ果て一見廃墟だ。
「……これは、掃除のし甲斐があるなぁ」
若干の現実逃避に頬をひきつらせ、玄関までの道を塞ぐ雑草を踏みつけながら扉の前に立つ。
鍵穴に鍵を差し込んで回そうとするがガチャガチャと抵抗感があって回らない。
こういった古い建物だと鍵一つ開けるだけで妙なテクニックを必要とするのはよくある現象だ。
施設でも鍵を開けるのにコツがあった。
一、二分ほどガチャガチャいじくりまわして探りを入れる。
「おし、開いた」
引き戸を膝で軽く押さえつつわずかに持ち上げ鍵を差し込めば先ほどまでの抵抗が嘘かのようにするっと入り込む。カチャリと捻ればあっけなく開錠した。
引き開けて中を覗き込んだ将太は再び頬を引き攣らせる。
外観から予想していたが中も酷い。
直近に誰かが入ったのか埃の積もった床にいくつかの足跡がある。
「こんにちはー」
中に声をかけてみるがやはり誰もいない。
こんな状態の家に誰かが住んでいるはずもなかった。
「……はいりますよ」
誰にともなく宣言して木船荘の中へ。
ガラガラと引き戸を閉めれば内部は薄暗くなりお化け屋敷のようだ。
近くの壁にあったスイッチを押せばちかちかと点滅してどうにか明かりはついた。
「うん。まずは掃除だな」
念のために持ってきておいたスリッパを履いて土間から上がる。
少し探せば掃除道具の入れられたロッカーは見つかった。中の掃除道具も古いがある程度は使える。
紙マスクを装着し袖をまくった将太はまずははたきを手に掃除に取り掛かった。