04 この異世界語、店で買えますよ。
俺が我に返ると、マニャの顔が目の前にあった。
「何だ女神か。」
思わず、そうつぶやいてしまった。
「えっ? 女神? 何言っているの?
大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。」
元の世界に戻れた人はいるんだろうか。
俺はハーブティを飲み干して、頭をスッとさせた。
まあ、10年探しても見つかってないんだから、今考えてもしょうがないか。
「とりあえず、まずはこの世界の言葉を買いに行かないとな。」
「いいよ! 着いてきて!」
マニャもハーブティを飲み干し、一緒に店を出る。
言語屋に向かう途中、この世界のことについてマニャから聞いた。
このショッピングモールには、俺達のような異世界から転移された人が何人かいる。
異世界から来た人は、手の甲に運命力が書かれている。
新しく異世界から転移してくるタイミングは不定期である。
転移してきた人は、このショッピングモールの外には出られない。
何十年もここにいる人がいるが、年をとっていない。
年を取らないってことは、永遠にこのショッピングモールで過ごさないといけないのか。
ここに俺たちを転移させたやつは何が目的なんだろう。
今の所、運命力を使って俺たちに何かをさせたいとしか分からないな。
話をしていると言語屋にたどり着いた。
「ここが私の行きつけの言語屋さんだよ。
このモールで言語屋さんは何軒かあるけど、ここが1番品揃えがいいね!」
そういうと店内に入っていき、店主らしきおじさんに異世界語で声をかける。
ガラスケースの中に、カードがたくさん並べられている。
これが言語を覚える道具なのかな?
マニャが1つのカードを持ってこちらに来る。
「これがこの世界の言語カードだよ。
これをおでこに当てて、カードの真ん中のボタンを押すだけで、言語の習得が出来るよ。」
「そんな簡単に出来るのか。」
俺はカードを受け取ると、おでこにカードを当て、ボタンを押す。
カードが光り始め、頭の中に何かが流れ込むのを感じた。
カードの光が収まると、マニャの声が聞こえた。
「どう? これ読める?」
マニャは横にあった言語カードの説明POPを指差す。
「おっ、ほんとに読める!
えっと。「少し遠い世界のリザードマンが力を持っている星の、1番メジャーな言語。
ラードーン語。」かな。」
「成功だね!」
奥から、店主のおじさんが出てきた。
「お、うまくいったか? これで俺とも話せるな。」
おじさんの言葉が理解できる。
自動的に日本語翻訳されているわけではなく、言葉をそのまま理解できる。
異世界の道具すごい。
おじさんにお辞儀をしながらお礼を言った。
「はい! ありがとうございます!
困ってたんで助かりました。」
「また他の言葉も覚えたくなったら待ってるよ。」
「またお願いします。」
マニャもおじさんに挨拶をし、店を出た。
「おじちゃんまたね。」
「おう! また、おすすめの言語用意しとくよ!」
代金はマニャが払ってくれたみたいで、「これはサービスだよ。」と悪戯な笑顔を見せた。
店を出ると、マニャは店の前でバインダーのようなものを見ている。
「何見てるの?」
「ああ、これはね...カードファイルだよ!
ちょっと確認していただけ。」
マニャは、カードファイルをサッとかばんにしまう。
「そういえば、カズホまだカフを両替してないでしょ。
あっちに両替所があるから、両替しに行こう。」
マニャが指差した方向に『両替所』と書かれた看板が小さく見えた。
「あそこか。」
2人で両替所に向かうと、向かいから歩いてくる男に少し目を奪われた。
顔は帽子で隠れてよく見えないが、なにかに惹きつけられる感じがして見つめてしまった。
蝶ネクタイを締めた、英国紳士風の男はこちらに気がついてはいないようだ。
すれ違いざまに、男はポケットからハンカチを落とした。
俺はそれをひろうと、その男に声をかける。
「すいません、落としましたよ。」
「えっ、あぁ、すいませんねぇ。」
男はこちらを振り向き、ダンディなヒゲを生やした戸惑った顔を見せたが、ハンカチを拾ってもらったことに気が付き、少し口元が緩んだ。
「ありがとうございますねぇ。 私、全然気づきませんでしたね。」
英国ダンディおじさんは、そう言って右手でハンカチを受け取り、軽く会釈をして行ってしまった。
両替所の前に行くと、背の低い2人の髭面の男達が言い争いをしている。
「頼む! オイラの最後の頼みだ! 100カフでいい! 頼む!」
「もうワシもかせるほど、残ってねぇよ! お前さんどうしてそうなっちまったんじゃ!」
周りの人達は、少し嫌な顔をしながらも、みんなスルーしている。
「あれはドワーフさんたちだね。」
マニャが小声で、俺にそう言った。
「ドワーフもいるんだな、短気で頑固なイメージがあるけど、やっぱそうなのかな?」
「うーん、確かに怒りっぽいけど、あんなに人前で怒鳴りあうのは珍しいね。」
ドワーフは、イメージどおりに怒りっぽい。
しかし、この世界に来ているドワーフは怒鳴るのではなく、静かに冷静に怒るのが美徳とされているようだ。
そのため、ぎゃいぎゃい怒鳴るドワーフはほぼいないそうだ。
「頼むから貸してくれよ! オイラもう残り5カフしかないんだ! ほら!」
頼み込んでいるドワーフは、右手の革手袋を取ると相手に見せた。
「この前貸した200カフはもう使っちまったのか! もうお前さんに貸したせいで残りがもう無いんじゃ!」
ギャンブルにでもハマったのかな。 お金と一緒で、やっぱこういうのは怖いな。
そんなふうに立ち止まって見ていた俺を、マニャが後ろから押してきた。
「関わるとろくなことがないから、気にせず両替所に行こう。」
俺はマニャに押されつつ、両替所にはいった。
両替所は、ATMのような両替機が10台並んでいた。
ちょうど空いていた真ん中の両替機の前に行き、マニャに使い方を教えてもらう。
カフの表記されている左手を、両替機についているカフのマークが描かれている部分につける。
「あれ? また運命力が減ってる。」
30285カフだったのが30250になっていた。
「まあ、1日で100カフくらいは上下するから、そんなに気にしなくてもいいよ。」
手を乗せると、その上のモニターに数字を入力する画面が表示される。
マニャがとりあえず2000カフあればしばらく大丈夫だよと教えてくれたので、タッチパネルで2000と入力する。
確定のボタンを押すと左のカフ表記が少し光り、2000カフが引かれた28250になった。
左手を離すと、載せていた部分が開き、中から1000カフと描かれた紙幣が出できた。
「これがこのショッピングモールのお金だよ。」
アメリカのドル紙幣ににてるな。
真ん中には人の顔ではなく、針がたくさんある丸い時計のようなデザインが描かれている。
俺は、財布に紙幣をしまおうと、ポケットに手をいてる。
「あれ?」
入れておいたはずの財布が無い。
反対側のポケットも探すが、無い。
「やべぇ、落としたのかな?」
「どうしたの、なんか無いの?」
横で見ていたマニャが首をかしげる。
「財布をなくしたみたいだ。
元の世界のお金と、俺の学生証とポイントカードが入ってるんだ。」
「あぁ、やっちゃったね。 どこで無くしたか検討はつく?」
「喫茶店のときには、座った感触であったことは覚えてるから、多分喫茶店を出てからだと思う。」
「じゃあこの通路のどこかか。 もう拾われちゃってるかもね。」
「ここには、落とし物の届け先とかあるの?」
「うーん、ないね。
基本落とし物や無くしたものは、ほぼ出て来て来ないと思ったほうがいいよ。」
どうやら、治安は悪いみたいだな。
「そうかぁ、結構気に入ってたのにな。」
「ドンマイ! まあなくしたのが、元の世界のお金だけで良かったよ。
どうせこっちでは使えないしね。」
「そう思っておくよ。」
俺は2000カフをそのままポケットに入れると、両替所の外に出た。
「あれ? さっきのドワーフ2人組は?」
「そういえばいつの間にか静かになってるね。
どっか行ったのかな。」
マニャはそう言いつつ、ポケットから時計を取り出し、時間を確認した。
「あっ、もうこんな時間か。
これから待ち合わせがあるの。
もう行くね!」
「そうなのか、いろいろとありがとう!
また合ったら今度はお礼をするよ!」
「うん、楽しみにしてる。 じゃっ!」
マニャは小走りで、人混みに消えた。
マニャと別れた後、来た道を喫茶店まで戻って財布を探そうと振り返ると、コツンと足で何かを蹴った。
足元を見ると、木の札が2枚落ちていた。
どこかで見たことあるような気がするが、思い出せない。
それより、財布が心配だ。
喫茶店と両替所の間を4往復くらいしたが、マニャの言った通り財布は見つからなかった。
はぁ、とため息をついて落ち込んでいると、道の隅に見覚えのある占い師が小さな店をかまえていた。
「あっ! あのババァ!」
俺は、占い師のババアの元に向かって走っていった。