Deadly To The Winter
「皆殺しにしてやる・・・・・」
身の毛もよだつ己の決断と
身も凍るような吹雪が重なり合い、時折身体を震わせる。
悪寒のような冷たさだったが、酷く心地良かった。
もうすぐ夜が明けようとしている。
俺は振りかざしたスコップを降り積もった雪に叩きつけ
無我夢中で穴を掘った。
俺の足元に転がる「犠牲」は、皆顔を歪め、そして大量の血を流しながらその目を見開いている。
もう動く事を知らない「犠牲」の数々は
まさか自分が殺されるなんて思いも寄らなかった事実を
受け入れられないように、静かに俺を見ているようだった。
「犠牲」の転がる周囲だけ、純白だった雪が真っ赤に染まっていた。
思えば俺はいつから「魔物」になったのだろう・・・・。
幼い頃から無口だった俺は、人と接触を頑なに拒み続けた。
別に人間が嫌いだったわけではない。単に恥ずかしがり屋だっただけだ。
恥ずかしがりで、寂しがり。それが原因で誰とも話さなかった記憶がわずかに残っている。
そんな陰険な雰囲気を漂わせていれば
その末路に「イジメ」と言う運命が訪れても、文句は言えない。
俺はただ仲間に入れて欲しかった。ただそれだけだった。
だからイジメられた時は嬉しかった。
今まで誰も見向きもしなかった俺に、人が目を向けるようになった。
「軽蔑」の眼差しで・・・・・。
高校に入ると自ずとイジメは無くなった。
それでも後遺症が残っており、内向的な性格に変化は無い。
自分でも気付かぬうちに、それを「個性」と呼び、気が付けば不条理な「悪」を憎んでいた。
警察になると決めたのもちょうどその時期だった。
無我夢中で学び、少しでも自分を変えようと努力を重ねた。
20歳になった頃、岡山県苫田郡西加茂村にある駐在所へ派遣され
以来、そこが俺の勤務地となった。
ところが村の村民たちは俺の移転を歓迎しなかった。
格集落ごとに派閥が広まっており、とても和やかな空気ではなかったのだ。
俺は配属当日から集落の派閥を知り、村民たちから煙たがられてしまった。
だがそれだけならまだ良かった。まだ許せた。自分を抑えることが出来たと思う。
だけど、集落で起こっていた「欲望」はそれ以上の衝撃で俺の心を凍りつかせた。
時は1938年。日中戦争の最中だ。兵士は当然の事ながら女を食い物にしていた。
村では傲慢な男たちによる「夜這い」が目立った。
欲望を剥き出しにした男たちの氾濫が渦を巻く。
夜通し聞こえる悲鳴と断末魔。この世のものとは思えぬ苦痛にも似た喘ぎ声。
誰も止めるものがいない恐怖。
それは学生時代に俺が体験したイジメと似たようなものであり、
夜毎に俺の中で、過去に対する怒りと憎しみが産声を上げ続けた。
「これが人間の本性・・・・本能だけで人間は・・人間は・・人間を・・・コワス・・・」
「コレガニンゲン・・・・ヨクボウノウズ・・・ショセンドウブツ・・・・」
「ミニクイ・・?・・・ニクシミ・・?・・・オレハコノメデ・・・ナニヲミル・・?・・」
「コンナコトノタメニ・・・オレハウマレタノカ・・?・・イッソハカイシテシマオウカ・・・」
「コワセ・・・コワセ・・・・コロセ・・・・コロセ・・・・・クルエ・・・!?」
その時、俺の中で何かが崩壊した。
過去の自分と、現在の自分がリンクしたとき
俺はこの目で人間と言う悪魔を見た。
醜い悪魔が、目の前で欲望に顔を歪めている。
唾液が滴り、牙を剥き出しにした獣が、快楽の渦に溺れているのだ。
快楽に溺れ死ぬのなら、いっそ俺の手で葬ってやろう。
永遠に目覚める事のない、永久の眠り・・・・!?
次に気が付いたときには、俺は既に散弾銃を構え、右手に日本刀を手にしていた。
醜い悪魔を退治するため、俺は叫び声を上げながら悪魔たちに襲い掛かった。
俺の存在に臆したのか、悪魔たちは血相を変え逃げ惑う。
「ニガスモノカ・・・・アクマニシノセイサイヲ・・・・」
ノイズのような歪んだ映像が、頭と心を侵略する。
散弾銃から飛び出した銃弾は、悪魔の背中に大きな穴を開けた。
5センチほどの大きな穴が開き、そこから人間と同じ真っ赤な血が流れる。
一人、また一人、次から次へと発砲を続け、悪魔の息の根を止めた。
背後から後頭部を打ち抜かれた悪魔は
己の身体に起こった事実を受け止められず、頭を失った全身でユラユラと蠢く。
まるで頭部を失ったゾンビのように、俺に向かってユラユラと近付いてくる。
死して尚、動く悪魔に恐怖を抱いた俺は
尚も発砲を続け、全身に銃弾を打ち込んだ。
臓器が飛び散る。夥しい悪魔の返り血が俺に降り掛かる。
まさに読んで字の如く「血の雨」であった。
断末魔が闇夜を切り裂いた。
我に返ると、そこには30人もの死体が転がっていた・・・・。
夜が明けようとしている。
朝特有の匂いが周囲で音もなく広がると、太陽の光が天に昇る。
俺は30もの穴に、今はもう動かなくなった悪魔たちの死体を放り込んだ。
血みどろになった俺の身体に、吹雪の雪化粧が張り付くと
返り血によって凍り付き、純白が真紅に染まる。
俺は悪魔たちを丁重に埋めた。
例え悪魔と言えど、土に埋めれば肥料くらいにはなるだろう。そう思ったからだ。
さあ、これで全てが終わった。もう悪魔はいない。
いや、まだ悪魔が残っている。
「そうだ。ここにもまだ悪魔がいるじゃないか」
俺はそう言うと、雪の中ひっそりと佇んでいる桜の木下へ歩いた。
そして持っていたロープをくくり付け、自分の首にそれを巻きつける。
「悪魔は死んだ。だけど、その悪魔を退治した俺も、また悪魔だ」
両足を支えていた切り株から足を離すと
そのまま項垂れるように身体揺れ
ゆっくりと、そして静かに、昇る太陽の光に包まれながら
俺の意識は遠ざかり、「死」と言う春を迎えた・・・・。
数年後
悪魔たちが埋められた場所には大きな桜の木が育ち
春になるとそのつぼみが一斉に花開き、はかなくも美しい桜の花を咲かせた。
後に「昭和13年5月21日、深夜1時40分、岡山県苫田郡西加茂村で起こった暗夜の連続殺人・・・ 」
俗に世間では、「津山30人殺し」と言われたこの事件の犯人「都井睦雄」(とい むつお)が
首を吊ったとされる桜の木は
他のどの桜の木よりも美しく花開き、妖艶な魅力で人々の目を奪い続けた。
その桜の花は、「まるで血のように赤かった」と誰もが口にするほどだったと言う・・・。
END