じじいの話はくそ長い
原風景が続く町並みに、ぽつんとある一軒の日本家屋。
般若の面の様な相貌の還暦を過ぎた程の男が縁側で茶を啜り、暇を享受していた。
そこに気だるげな目の小生意気そうな男の子が歩み寄る。
「なぁじぃじ。全然気が使える様にならないぞ」
「うむ、そう簡単に気というのは扱えるものではないぞ」
「じぃじ、もっと簡単な方法教えてくれよ〜」
「そうじゃな。では、儂が初めて気を扱える様になった時の話でもしてやろう」
男の子は縁側にちょこんと座ると、爺さんの話に聞き耳を立てた。
「それは儂がまだ十二の頃。雪が積もり寒いさむい冬の日じゃった。
長男であった儂は、冬のこの時期になると決まって焚き木を拾い集める役目を任されておった。
その日も山で焚き木を拾っておったら、ばったり隣町の千枝子という女子に出会ったんじゃ。
儂は千枝子の事を好いていた」
「千枝子ってばぁば?」
「うむ、それから二人で焚き木を集める事にした。
儂は千枝子に良い所を見せたくてな、いつにも増して焚き木を拾い集めた。
普段は麓までしか行かんのだが、他愛もない会話も嬉しくてな、夢中になって登っておった。
山の中腹まで登った辺りだったか……奴は突然現れた……。
ヒグマじゃ。
冬眠前に十分に栄養を確保出来なかったのだろう。
穴を持たずに栄養を求め山を徘徊しておった。
飢餓状態のヒグマは非常に獰猛じゃ。
大人の男も簡単に襲う。儂は千枝子に呼び掛け、急いで山を下る様に煽った。
しかし、あろう事か雪道に足を取られ転倒してしまったんじゃ。
ここぞとばかりに千枝子は襲われた。
儂はすぐ様千枝子に駆け寄り、正面で奴の攻撃を受けた。
鋭利な爪が肩に食い込み、腰辺りまで深く抉った。
溢れ出す血は止まらず身体中が冷えていくのを感じる中、千枝子の号哭が聴こえた。
だんだんと薄れ行く意識。
辺りが真っ暗になると血の匂いは愚か一切の音が聴こえない。
先程まで感じた寒気もいつの間にか消えていた。
五感を失い残ったのは『千枝子を守りたい』という思いだけだった。
その時、自分の内にある奔流するエネルギーを感じた。
そして妙に冷静だったのを覚えておる。
少しずつ覚醒する意識。
目を瞑っていても不思議と周りの環境が手に取る様に分かった。
後ろには小さな生体反応、正面には今にも喰い千切ろうとせんとする猛獣。
そして己の鼓動。
脈打つ心臓から溢れ出すありったけのエネルギーを右腕に集約し、襲い掛かるヒグマの顎に目掛けて目一杯振り上げた。
直撃したヒグマはそのままの勢いで三回転程宙を回ると気絶した様に地に伏せ動かなくなった。
この時初めて気のコントロールを身に付けたのじゃ。どうだ、凄いじゃろ」
ふと男の子に目をやると、スースーと寝息を立て可愛らしい寝顔を見せていた。
「お前には、まだ早かったかのぉ」
そう言ってそっと髪を撫でると、静かに微笑んだ。