巫女
──数ヶ月前。
豊かな畑と豊かな海域に囲まれたこの村には代々、守り神ならぬ巫女が居た。
村の名は無雲。
天候にも恵まれ雲一つない青空は見る者の心を清々しく晴らしてくれる。
しかしそんな平穏なこの地を揺るがす非道なものが芽生える。
それは妖ではない。
妖は時折人を襲う事はあれど、日巫女様のお力に掛かれば塵に同じ。
ならばそれとは何か。
率直に入れば鬼胎。
元来この地を守って来た巫女の力。
逆を返せば簡単にこの地を征服出来るであろう力。
人間は潜在的な恐れを排除し、安寧を求める。
それは生物として至極当然だった。
画して人々の畏怖の対象となった巫女は追放される。
島流し。
彼女を危める力を持たない彼らは一方的に村を追い出し、そして彼女は島を出る他無かった。
それから彼女の行方は知れず。
だがその後悲劇が続く。
日巫女様が追放されてから数日。
村に妖の軍勢が押し寄せた。
それは今までの非では無く、そして明らかに異常だった。
普段干渉する事のない妖が一斉に襲って来るのだ。
増してや女子を攫うものまでいる。
必死で抵抗するのは代々巫女の護衛を遣う桃ノ果実一派。
刀を携え精悍に妖に立ち向かう彼らだが、物量で圧倒され、思う様に立ち回れない。
そしてこの日も一人女子を攫えば何事も無かった様に去って行った。
次の月もまた次の月も村を襲っては女子を攫って行った。
そして遂に若い女子が彼らの娘である奇稲田を残すのみとなり今に至る。
ーーーーーーー
「と言う訳で御座います」
「なるほど、事態は把握した。
だがそれでは自業自得でないか?
正直言うと当然の報いだろ」
ウリュウは一通りの話を聞くと辛辣な言葉を吐く。
しかし、それは全く持って的を得ている。
自らが巫女の力に畏怖し追放した。
故になんの力も無い彼らは妖とやらに蹂躙される。
至ってシンプルな構図だった。
「ウリュウ!そんな言い方はないでしょう?
村の方々にもなにか訳があるのかも知れません」
そんな横でリースは優しく諭す。
だが──
「全く持ってその通りで御座います」
そう言うと老人は深く項垂れた。
そしてこう続ける。
「あの時の我々は本当にどうかしておりました。
それまでは一切感じて居なかった疑惧。
ですが一時を境に言い知れぬ恐怖が胸を襲い、やがて爆発した様に溢れて出てきました。
それも皆揃ってです。
そして甘いお香の様な芳香が鼻をくすぐると、朦朧とする意識の中で気付けば日巫女様を追いやっておりました。
以来、村の決まりとして日巫女様の事を無闇に口に出す事を禁じたのです」
思いも寄らぬ発言に絶句する。
そして一拍。
思考を整理するリースは違和感を覚え、それを解決するべく問う。
「芳香……?それは確かなのですか?」
「はい、確かに感じました。
そしてそれを最後に記憶を曖昧にしております」
老人がそう言うとリースは「うーん」と再び思案すると考え込む仕草を見せた。
「どうかしたのか?」
「いえ、少し妙だなと感じた迄です……」
「そうか」
短く会話を終えるとウリュウは老人に向け口を開く。
「所でさっき言っていた鬼道とはなんだ?」
「私も詳しい事までは分かり兼ねますが、
それはそれは神秘的な御力です。
時には無から炎を創り出し、時には無から水を創り出す。
日巫女様は妖が出現する事予め予測し、一切の被害を無く討伐して見せます。
その所業は正に神の思し召しを説いてるとか考えられません」
それを聞いた二人は眉を顰める。
「それって、もしかしてこの様なものですか……?」
リースは徐に魔法を放つ。
片方の手に炎を創り出し、もう片方の手には球体の水を創り出した。
「これは……⁉︎」
目を丸くして仰天して見せた老夫婦は神の遣いに敬意を払う様に拝んで見せた。
「どうか、どうかこの村を御救い下さい!
私共の命など幾らでもやれます。
せめて娘の命だけでも良いのです……!!」
その形相は狂気にも似た懇願。
「頭を御上げ下さい。
これは魔法と言って私どもの国ではそれ程大した力では有りません」
あまりの勢いたじろぐ彼らで有ったがリースは優しく宥めると更に続ける。
「どうやらこの地では魔法の概念がない様ですね……。
それでしたら分かりました。私達が一肌脱ぎましょう!
良いですよね?ウリュウ?」
「あぁ、構わん。」
その言葉を聞くと老父婦の表情はパッと煌めきリースの手を取ると頻りに撫回した。
そしてその後老夫婦に手を引かれ、案内されるがまま村へと向かったのだった。




